❺下校時間後に登校🌳木々の先の校門へ🌳ーーー不登校カウンセリングにジャージでてくてく
「今〜?、〇〇〇行きの電車の中〜」
Tは何事もないような返事を返してきました。
〇〇〇まではJRで3時間弱。
2017年12月の登校日の朝のこと。
フリースクールの先生から
焦ったような電話がありました。
「先ほど、Tくんが登校してきたんですけど、
また引き返してどこかに行ってしまったんです。」
!?!?!?
………今度は何ごと?
このシリーズは、次男Tの【不登校】から始まった
私たち家族のストーリーです。
中学2年半にわたる不登校の一つのケースとして
記録したいと思います。
約9年ほど前のことで、あまり良く覚えてないのと
忙しさから記録も中途半端など
早く日記にしなかったことを後悔もしています😭
今回は、フリースクール④ごたごた〜
地元中学校スクールカウンセリングに至るまでを
記録する予定です。
その日はどうやら、メイン部門である
高等部の保育実習体験の日だったそうです。
たった一人のフリースクール中学生Tは
完全に取り残された状態になっていて
登校時間にも関わらず
職員室にしか人がいなかった。
そこから事件はスタートしたのです。
忘れっぽいTは普段と違う状況に戸惑い
職員室の先生たちを見て考え
ある結論を下しました。
……そういえば、今日イベントで高等部は
出かける言ってた。
まずい、まずい、俺一人だけだ!
このまま教室入ったら
生徒一人だけじゃん!
それはまずい!…。
ここにおいてTは向きを変えて
元来た駅へと歩いたようです。
直感で動いたのでしょう。
それにしても、判断早すぎる。
先生からは戸惑いの電話で
状況を教えてもらい
まずはTの持つガラケー(PHS)に
電話することに。
まず、どこにいるのか?
その答えが冒頭の一言。
Tは乗り鉄でもあり、手元には回数券。
リュックにはお昼用の手作りサンドイッチ。
その日の予定はガラ空き。
考えついたのは
回数券によるJR小旅行。
〇〇〇駅でサンドイッチ食べて
また折り返し電車で家まで帰る。
ナイスじゃん!!!
乗り鉄少年の考えることは
私には理解できませんでしたが
電車🚋好き好き大好きなので
あー、こうなるのか!!
となりました。
隣で聞いていた私の母、Tの祖母は大爆笑。
やれやれ、1本取られた。
乗り鉄なので、居場所さえ判れば
あまり心配はないかもしれません。
その日は私もアルバイト休みで
登校するTを車で駅まで送った足で
たまたま実家に行っていました。
今度は私から先生へ電話です。
「え!〇〇〇まで?
そんなこと今までもあったのですか!?」
……あるわけない。
とにかく、連絡取りながら見守るので
今日は欠席でと伝えました。
帰宅連絡も入れました。
お土産話を一通り聞いていると
とても楽しそう。
初めての電車一人旅。
何か心の成長もあったことでしょう。
ただ、回数券切符の規則を
誤解していました。
そんな使い方がオーケーなら
鉄道員さんたちが貧乏まっしぐら。
そこはこってり理解させて
二度とやらないと約束させました。
この〇〇〇事件にはTの高校生兄も
呆気に取られていました。
兄も 撮り鉄 乗り鉄だけど、
弟ほどではない。
その翌週、今度は親子で学園のある駅前散策。
なぜなら、体育館シューズを置き忘れて
電車に乗って帰ってきたから。
その日に通った道、座った場所、
置いたかもしれない場所
くまなく歩き回り、体育館シューズ探し。
活動範囲が広がると
無くす場所も広がる。
当たり前のことだけど
半日それでつぶれました。
駅前交番に問い合わせて確認すると、
本館に移動されて保管されていました。
ありがたいことだけど、
面倒な手続きを一通りして、
出直しになったかもしれない。
よく覚えていません。
とにかく、歩き回ったことと
回りくどかったことだけは覚えています。
もう、単品体育館シューズ袋で
持ち歩かないでね。
カバンにしまおう。
その頃、不登校を起こしている
地元の中学校もそろそろ冬休みで
先生方も忙しくされていました。
時々先生とやり取りする中で
スクールカウンセリングを
受けてみないかと打診がありました。
カウンセラーの先生からの手紙も
受け取りました。
会ったことはなかったけれど
自己紹介のような内容で。
ダメ元でいいから、伝えてみると
「受けてみようかなー。」
今度は案外前向きでした。
内面の変化は確実に起きていました。
フリースクールは毎回なんか
行きあたりばったりのようなイメージでしたが
外に出て、仲間と共に過ごして
オープンになっていたかもしれません。
月1で土曜日の茶話会にも
親子で行っていました。
最初のきっかけになった会です。
不登校になり、家篭りを克服して
学園に通い始めた高等部の仲間
それに関わる保護者・先生という大人たちを
見てきたから、感じるものがあったのか。
カウンセラーの先生は家に来てくれて、
制服に着替えなくてもいい。
それも重要ポイントだったそうです。
それで、年を越した1月の
後半2週間の月曜日だけまず2回
来てもらえることになりました。
それでも、なぜかTの苦手な担任まで来ていて、
戸惑いました。理由は、カウンセラー単独行動が
許されていないからでした。
担任は車でできる作業を用意してきて
時間を潰していました。
つまり、担任は自分の授業終わり次第
準備を整えながら
来てくれている、ということ。
こんな状態あまり良くない。
それは明らかでした。
それで、月に2〜3回ある
月曜カウンセリングが続き
2月の終わる頃
やわらか〜く
こう言われました。
「学校にカウンセリング来れるかなー?
ジャージでいいし、
みんな学校から帰った夕方からで。」
「はい、それでいいなら。」
3月のカウンセリングから
月曜カウンセリング登校が始まりました。
月2〜3のペースです。
他の生徒、特に同級生に会わないよう
注意深く観察して出かけていました。
中学校は市役所隣接の
歴史ある広い公園敷地内にあり
市役所から中学校は
運動場を隔ててよく見えます。
背後に川、横にお城のやぐら
隣接公園は松の大木が生え
プールや美術館などの施設も
点在しています。
散歩する人もいますが
基本的に平日は静かな公園。
中学校入学進学時には
全校で【お花見面接】という
担任と生徒一対一の初めましての
自己紹介挨拶の行われる公園です。
給食スタート前のお弁当の日に
お昼食べに公園に行くという計らい。
不登校の直接的なきっかけとなった
合唱コンクールの会場も
この公園敷地横にありました。
だから登校は自然散策も兼ねて
リフレッシュもできる。
恵まれた環境でした。
こうして、隣市私立フリースクールから
自然と中学校スクールカウンセリングに
移行しました。
フリースクール生活は
2017年9月〜2018年1月までの
5ヶ月で自然と幕を閉じたのです。
先の記事に、週3日くらいと書きましたが
手帳を見返す限り、
週1日+月1茶話会だったのかも
しれません。そうでないなら週2。
忙しくアルバイトしていたので
記憶が曖昧になりました。
このフリースクールが私としては
高額だったため、かなりホッとしました。
行かない中学校授業のためのサブ教材は
全部購入をやめて、
無駄な経費を抑えました。
これも、Tには好影響でした。
少しずつストレスが減ったそうです。
次回はスクールカウンセリングの
エピソードに進みたいと思います。
読んでくださり感謝します。
どなたかの参考になるならうれしいです🤗
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、快い応援お願いいたします!
聖書関連のお助けグッズの企画・運営継続の活動費として使わせていただきます!