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ボクはさなぎなのか

ボクは現在55歳。
人生100年時代。
その言葉を信じるとすれば、ボクは人生まだ半ば。
 蝶で言えばさなぎになったところぐらい。
実際、自分自身、まだまだ未熟だと考えている。
何かを成し遂げたなんてことはない。
そんな感じだ。

もっと言うと、自分で「未熟」とわかっていながら「未熟」を生きてきた。
部活でも選手になれず、大学受験も数学が苦手なのに理系に進もうとして、1浪してやっとひっかかって合格したり。
ギターをやってみたけれど、いつまでたっても初心者のまま。
仕事は認められて期待されているのに、転職してまた一から出直し。

書き出せばきりがない。
いつも中途半端になっていた。
「何か」になりたいと思いながらも、その、「何か」がわからないまま、 周りに流されて生きてきた。
いや、本当は何も考えていなかったんだと思う。
そうでなければ、こんな人生にはならないはずだ。

でも、考えていないわけはない。
考えが浅はかなのか、自分を過大評価しているのか。
何がボクをこうさせてしまったのか。 

今、この文章を書きながらよくよく考えてみた。 
すると、さっき書いた「数学」という言葉が浮かんできた。 
改めて、ボクは数字が弱い。 
小学生の時は、泣きながら父親に宿題を教わったが、結局できの悪さは変わらなかった。 
今でも建築現場で、高さを出す計算をする時は、頭がおかしくなりそうなくらい悩むこともある。

記憶力が悪いわけではない。 
携帯電話がないころは、業者さんの番号をみんな覚えていて、何も見ずにかけていたし、 今でも基本的にメモは取らない。 
正直に言うと、メモを書いても、自分の字が自分でも読めなかったり、書いたからと安心して逆に忘れてしまったりするからなのだけど。

飽きっぽいわけでもない。 
好きなことは集中して、朝から晩まで食事もとらずに続けることもできる。
何だかこの、数字嫌いという性質が、いつも何か悪さをしてくるような気がしてきた。
もしかすると、ボクの人生の苦手意識の原点は、数字なのかもしれない。
もちろん、ただの思い込みかもしれないけれど。

世間一般的に言えばボクの年齢であれば、立派な大人。 
しっかりしていないといけない、というかそれが当たり前である。 
ある人から見ればしっかりしている。 
しかし別のある人から見ればまだまだ。 
そんな自分もわかっている。

さっきは「さなぎ」のつもりでいたのだが、書いているうちに気づいた。 
ボクは、まだ「芋虫」なのかもしれない。 
今まで、もぞもぞと葉っぱを食べながら動き回っていたのである。

しかし、ボクは諦めてはいない。 
これから「さなぎ」になっていく。 
「さなぎ」というのは、幼虫の体が一度ドロドロの液体に溶けた後、成虫の体へと再構築されている最中の状態である。 
蝶はこの期間を経て、今までとは全く異なる、美しい姿へと変身するのである。

ボクもやっと今、 「さなぎ」になる。
55歳になって、ようやく、自分を作り直してもいいんだと思えた。 
そうと決めたなら、 今までのことは、これでもかというくらいにドロドロにかきまぜてやる。 

一つ一つのことは大したことではないかもしれないけれど、 一緒にして反応させれば、何かしら変化が起こる。 
そしてそこから、全く新しいボクが作られていく。 
そう考えていけば、なんだか楽しくなる。
ワクワクする。
このさなぎの期間がどれくらいの長さなのかなんてわからない。 
そんなの気にしなくていい。 
今、思いっきりドロドロにして、何か新しいものを見つけたら混ぜ合わせていく。 
それを楽しんでやっていけばいい。
 
それがこれからのボクに必要なことであり、やるべきこと。 
そう思うのである。

羽化した時にどんな蝶になるのか。 
モンシロチョウなのか、 ミヤマカラスアゲハなのか、 それを選びとるのは、これからのボクしかいない。

どんな蝶になってもいい。
今までのボクより、少しだけ自由に飛べれば、それで十分なのかもしれない。

でも最後まで書いて読み返してみると、これ、ただの変わり者の説明だよね。 

上等じゃないか。

変わり者でなければ、
ドロドロになんてできない。


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