2025年7月18日 脳腫瘍摘出術
2026年7月18日 もう一年?まだ一年?
「毎日が必死」
ということはなく、ただ淡々と流れていく日々。
そして、気付けば手術をした日から今日で一年になりました。
ピースサインして手術室に入っていった景色
洗濯機を回しながら時間の流れを待っていたこと
手術が終了し、デイルームで札幌の叔母と病室に入れる時を待っていた時間
大雨の中、びしょ濡れになりながらも安堵の気持ちで歩いたあの夜道
2026年7月17日に経験したことは昨日の出来事以上に今も心に残っております。
あの時は間違いなく生きていたんだよね・・・
2025年7月18日 励まし、励まされ
ファミリーハウスでの初めての夜。
寝られなかったわけではないけど、夢ばかり見て相変わらず熟睡は出来ず。
手術当日でも平常運行のさとこからLINE。
「少しは寝られたかね?
私はさ、午後の手術ならダメ押しで風呂入らしてくれと言ってある。
返事待ち。血小板輸血の前に入りたい。」
「下剤のおかげで昨日の分は出たかな。
明日まで食べられないからお腹スッキリして手術に行けそうかなと。
まだお腹渋るから何回か行くかな。」
「今んとこ熱ないし、早くやりたい。サッサっと済ましたい。」
「今来てくれてお風呂は9時〜9時半で入れることになったよ!」
「輸血は10時以降。採血もね。」
「ここの看護師さんはしっかりしてるわ。
私が心配なこときちんと伝えていってくれたし。
今は研修医かな?朝の術前訪問来てくれた。」
北大病院のすべてのサポートに満足しているさとこ。
「やっぱり緩和以外は北大に通院したい。我儘かもだけど。」
それに対して私も返信。
「結局は旭川厚生病院の婦人科ドクター以外はすべて当たりだったんでない?(とても横柄な態度で、いかにもどろどろの医療ドラマに出てきそうな総合病院の上から目線ドクターそのものだった。)
厚生の主治医のH先生は里子の悩みも聞いてくれた。今、前向きでいられるのはその先生の存在もあると思う。
昔から医者は病気を診て看護師は人を見るなんて言われているけどH先生は人も見てくれた。
今の北大主治医のA先生だってみんなそう。
誰一人欠けていても今は無かったかもしれないよね。
全てありがたいね。」
「さとこのしたいようにすれば良い。それが最善の方法だよ。」
〈さとこ〉
「確かに。全否定はないね。
自分を等身大に飾らず誠意を見せてくれてる。
初めがH先生で良かったと思う。それは間違ってない。」
「うん。本当にそうだよね。
婦人科以外は良かった〜。いや、整形も甚だ疑問だが。
その中でH先生は一番誠意を見せてくれたし、悩んだときそばにいてくれた。誰一人欠けたらダメだったんだよね。」
「北大は設備が大きいし、看護部の力量もある。
指導力は大切だし、
『こんな人になりたい像』
が自身に作れるかは
自身の努力に繋がるから、それを自ら探せるような事を考えると
やっぱり、何故どんな看護師になりたいか、
働く場所は置いといて、常に考えながら勉強したり実習することは大切だと思ってる。」
「中には質問に対して無表情で返答する看護師さんもいるけど昨日担当してくれたMくんの方が素直で良いなと思った。
もがいているけどそれで良い。
10-2病棟看護師のMさんにも最後会ってさ、
『頑張る』って言ってた。
悩みながら前を向き進む、頑張る事のある人は素敵だよね。」
「今日も担当はMくんだった。
昨日何時に帰れたの?
ってきいたら21時だって。
帰ったら意識飛んでたらしいよ。」
「今日は麻酔科の麻薬コントロールの先生やら、6-2病棟で昨日、検査で付き添ってくれた助手さんが、『大丈夫?頑張って』って声を掛けてくれたり嬉しい事いっぱいだよ。」
「それにしても、いくら食欲不振でもお腹空くわ。」
午前中はツルハなどでさとこに頼まれたものを購入。
12:30。
札幌の叔母も来てくれたので2人でさとこの病室へ。
やはり緊張感の欠片一つもない。
14時。
手術室に入って行く里子。感動的なシーンは何一つなく普段通りだった。。
でもなんだか里子らしいよ。
いってらっしゃい。

緊張感も感動もない。
いつも通りのさとこでした😅

さとことしては知識はもちろんですが、
頑張る姿勢、
そして、
人に寄り添える看護師が一番と考えておりました。
その後、一旦叔母とはお別れ。
ファミリーハウスに戻り、さとこから預かった大量の洗濯物と格闘。
乾燥機もあるのがありがたい。
そして、手術中のさとこへLINEを送る。
「当たり前だけど既読にならないのは寂しい。」
「今は山のようになったさとこの洗濯物を乾燥機にかけている。
ジッとしていても何にもならないからね。
終わったら戻るから待っててね。」
「早く会いたいなぁ〜。」
「本当にさとこは頑張っている。
自分が病気なのに若手の看護師さんを励ましたり共に病気で闘っている仲間を励ましたり、そして何よりこの期に及んでもネンコをはじめ家族に気を遣い続けている。
今のさとこの姿を見て自分が病気になってもこうありたいと思うし、病気になっても怖がらないで生活出来る自信を持てた気がする。
最近、さとこはネンコを持ち上げてくれると言うか感謝の言葉をたくさんかけてくれてるけど、やっぱり感謝しているのはこちらの方だよ。
さとこからは本当の愛情を教えてもらった。一人では出来なかった経験をたくさんさせてもらった。
昔も、今も、そしてこれからもきっと自分たち二人なら嫌なことも全て素敵な思い出に変えていける気がするんだ。
だから、前も言ったけど、さとこが病気になったこと。
けして迷惑だなんて思わないで。
他人より少しだけ涙を流す事が多いけどネンコにとってはそばにいられるだけで幸せだし、一分一秒が素敵な思い出になっています。
『お見舞いに行く。』
ではないの。
『お見舞いに行きたい。』
の。
自分は誰でもない、さとこが好きなの。
一緒にいられて幸せだよ。
改めて、
ありがとう。」
量が多すぎて乾燥機が全く終わらない。
仕方ない。。
そのままにして16:30に再び病院へ。
17時には叔母も戻ってきてくれた。
1秒でも早く会いたい。
そのため、叔母は手術室前に。
私は病室で待機。
予定時間を過ぎても動きが無くそわそわ。
18時。
「手術室を出てCT撮りに行ったよ。」と叔母からの連絡。
「そっちの方で待っていた方が良かったかぁ~」
と思いながらも一安心。
それから20分。
さとこがストレッチャーに乗せられ病室に戻ってきた。
処置があるとの事で私と叔母はデイルームで待機。
「さとちゃんは本当に良い子だよね。こんな子、見たことない。
いつも周りへの感謝を忘れないもんね。考えるだけで泣けてきちゃう。」
「本当に素敵な夫婦。嫁姑もうまく行っているし。」
と叔母。
ホッとしている時にこの言葉は響く。
ついつい泣いてしまった。
19:30。
病室へ。
よく頑張ったね!
頭は少し重いらしいが、会話も出来、握り返す手にも力がある。
執刀してくれたI先生が来てくれた。
「無事、きれいに切除する事が出来ました。一週間ぐらいで腫瘍内科病棟へ戻れると思います。」
画像を見せてもらってもきれいになっている!
最初、I先生が入ってきた時、元気のなさそうな顔をしていたので不安になったが、ただ疲れているだけだった。
本当にありがとうございました!
叔母ともお別れ。
ファミリーハウスに戻り中途半端だった洗濯物を取り出し片付け。
その合間に、連絡出来なかった私の母とさとこの母に成功した旨を連絡。
21時頃、落ち着いたので大雨の中、夜ご飯の買い出しで近くにあるゴーゴーカレーへ。
この日の夜はいつも以上に美味しく感じました。
