2025年8月9日 強くなっていく麻薬治療
2026年8月9日 さとことの思い出~北海道の炭鉱~
「悲別」
「屋根」
「北の国から」の脚本家としても有名な倉本聰先生の舞台を見てから私たち夫婦は北海道の炭鉱の歴史に興味を持つようになりました。
明治維新以降、昭和にかけて日本の発展に大きく寄与したのは
黒いダイヤとも言われた石炭です。
国の強い後押しもあり、石炭がたくさん眠っている北海道や九州では多くの町に財閥企業が参入して発展してきました。
「産業の英雄」と持ち上げられ、北海道各地は活気づいておりましたが、石油が輸入されるようになってから国は踵を返すかのように政策を変更していき、「第8次石炭政策」によって国内炭鉱の縮小が決定的なものとなっていったのです。
芦別
赤平
上砂川
歌志内
美唄
三笠
夕張
どこも活気ある町でしたが閉山後、多くの人が去っていき、今はゴーストタウン化している場所もたくさんあります。
記載した上記の町にはほんの少しではありますが、面影が残っていたり、博物館や資料館が今もありまして機会があればさとこと巡っておりました。
倉本先生は「貧幸」という造語を作りました。
倉本先生が提唱する**「貧幸(ひんこう)」**という言葉は、現代社会のあり方に対する強いメッセージが込められた造語で、
一言で言えば、
「物質的には貧しくとも、精神的には幸せであること」
あるいは、
「不便さの中にこそ、人間本来の喜びや知恵がある」
という考え方です。
この概念について・・・
1. 言葉の由来と意味
「貧幸」は、「貧乏」の**「貧」と「幸せ」の「幸」**を組み合わせた言葉です。
倉本先生は、戦後の日本がひたすら「富」と「便利さ」を追い求めてきた結果、人間が本来持っていた「想像力」や「生きる力(野生)」を失ってしまったのではないか、という危機感を持っています。
・富幸(ふこう): お金があって便利な生活だが、精神的には不幸(=不幸)。
・貧幸(ひんこう): お金や物は少ないが、工夫して生きることで心が満たされている状態。
2. 「不便」がもたらす豊かさ
倉本先生は、北海道の富良野に移住し、脚本家養成塾「富良野塾」を開設しました。そこでの生活は「貧幸」を実践する場でもありました。
・蛇口をひねれば水が出る、スイッチを押せば火が出る。
こうした便利さが、人間の「水や火に対する感謝」や「どうすれば手に入るかという知恵」を奪ったと考えます。
不便であれば、人は考えます。工夫します。
その**「工夫するプロセス」こそが、人間に本当の喜び(幸せ)を与える**というのが倉本流の哲学です。
3. 現代における「貧幸」
今の時代、SDGsやミニマリズムといった考え方が広まっていますが、倉本先生の「貧幸」はそれよりもずっと前から、
**「人間が野生を取り戻すこと」**
の重要性を説いていました。
倉本先生は、現代人を
「文明という名の檻(おり)に飼い慣らされた動物」
に例えることがあります。檻の外(不便な自然の中)に出ることは厳しいけれど、そこには自由と、自分で生き抜く手応え=「貧幸」があるという教えです。
まとめると:
「貧幸」とは、単なる節約術や清貧の思想ではなく、**「過剰な文明を捨て、自分の手足と頭を使って生きることで、人間としての誇りと喜びを取り戻そう」**という、倉本先生からの文明批評であり、幸福論なのです。
今の便利な時代もこの時生きていた多くの人たちの血の滲む様な努力と命によって支えられております。
そう偉そうに語っている私もこうして文明を利用し、快適な場所でパソコンや携帯をいじりながらこの世を謳歌しております。
「北の国から」みたいな生活をするのは極論ではありますが、
贅沢や便利さばかりに目を向けるのではなく、
謙虚に、
そして、
人間本来の大切な何かを忘れずに生きていかなければいけないと
常にさとこと話し合っておりました。
2025年8月9日 今思うとこの時さとこは…
13日からの北大ファミリーハウス滞在に向けていそいそと準備を始める。
「貼るタイプに変わったよ。」

「フェントステープ」
今、思うとこの時点で先は見えていたのかもな。。
「早く抗がん剤治療入りたい。
もう1段階また痛み止めが上がったら、私ももうダメなんじゃないかとか思ったりしてしまったり、心窩部痛があると、つい、この間の胆道、胆管を圧迫してる癌が悪さをしてるんじゃないかと思ってしまって。」
私の返信。
「さとこが痛いのを一番嫌っていることはわかっている。
今は痛いとはっきり伝えながら、でもしっかりと治療を待ち、そして継続していこうね。
無理するさとこより笑っているさとこの方が好き。
さとこの思う道を一緒に歩いて行こう。」
そして、さとこから。
「落ち込んでる場合じゃないよね。
今は抗がん剤治療が出来なくて痛みが落ち着かないだけ。
それがわかっているだけにもどかしくてね。
食べたいものも、途中で嫌になるけど、それ位しか楽しみも頑張りも踏ん張りも効かなくてね。」
〈私〉
「落ち込むのは仕方ないしネンコの前では我慢するんじゃないよ。
痛みが続くのはそりゃ疲弊するし不安にもなるよ。それが普通の感情なんだから。
痛みが強くなるとガンの不安も強くなるけど、結局どの部位にガンがあるかで痛みが出る出ないが決まるんだから、そこまで考えなくても良いんでないかな。」
〈さとこ〉
「薬で効けばいいけど、高止まりで痛いまま、眠さにだけ襲われて、今もさほど変わらない痛みの原因は始まらない治療の影響もある。
だから余計早く抗がん剤治療したい。」
「背骨が痛い気がして。
まさか骨?
嫌だな。」
不安に襲われ続けるさとこ。
どんな感情で、どんな気持ちでこの瞬間を過ごしていたのだろう。
不安を吐露すれど、強い子だったな。。
さとこのノートには・・・
・胃の痛みなどあるけれど薬も飲むし少し食べよう。
・A先生が「どこが痛む?」と質問してきたので教えたら、「そっちかぁ~」と。
帰り際、手を振ったら振りかえしてくれた。
(恋人か⁉️でも、主治医とそんな風に楽しく過ごせる関係性が夫としてとても嬉しいです。)
