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名前のない悪魔(かのじょ) 第二章

著者紹介

ミルア

年齢:非公開
昼:エロティシズム文学教師
夜:恋愛作家
特徴:
恋愛文学の中でも、とくに
“余韻のあるエロティシズム”を教える講師。「刺激ではなく余韻」
を大切にする授業は、文芸高校でも人気が高い。



⚠️本編タイトル、悪魔と書いてカノジョと呼びます。


魔術に取り憑かれ、彼女を好きになったと勘違いしてしまった日のことを思い返してみた。
それはまるで、甘い蜜を纏ったふわふわの仔猫との出逢いだった。

彼女は一切の邪念も知らずに無邪気に笑っていた。
無垢な笑顔は、居合わせた男たちすべてを魅了する。
曇りひとつない、一色に染まる笑顔。

僕は一瞬で恋に落ちた。

どうしてそんなに純粋に、可憐に、真っ直ぐに他者と向き合えるのか?
――そんな疑問が僕を支配し、取り憑かれたように僕たちオスは彼女を目で追いかける。

考えすぎる僕にとって初めて出会った、あざとくもなく、嘘でもない。
でも腹黒く光る存在。
彼女に纏う不思議な謎が、僕たちに絡みつく。

僕らは彼女の奴隷になりたいと懇願し、謙る(へりくだる)のだ。

もし君に相手にされなかったとして、忘れられなかった僕たちオスは、全世界を旅して君を求めて探すだろう。
そしたらまた、君のような魅惑的な女性に再び出会えるのだろうか?

答えは分からない。
なぜなら僕は不運にも、彼女に選ばれてしまったのだから。

翌朝。
すべての欲望に満たされ、快楽に溺れた愚天使が覚醒し、目覚めるのを恐れた僕は、彼女が目覚める時間よりも早めに起床して、逃げるように朝の温泉に向かった。

清々しいお湯を満喫した僕が部屋に戻ると、ぐちゃぐちゃに乱れた布団から彼女は姿を消している。
僕とは行き違いで温泉に入りに行ったのだろう。
彼女はギリギリでしか行動しない。予測が的中したことに僕は満足した。

彼女の残り香がしみ込んだ乱れた布団を整え、鮮やかな黄緑色に染まった地場の煎茶を啜った。
僕は縁側に腰掛け、今朝のニュースを横目に客室からの眺めを優雅に楽しんだ。

彼女は僕にノーメイク姿を見せることはない。
メイクを取ったら絶世の美女の魔法が解けて、とんでもない化け物にでもなるのだろうか?
……と、ふと思ったが、正直どうでも良かった。もう別れるのだから。

今朝も、薄化粧にしか見えない完璧な厚化粧の仮面をかぶった美女が僕の前に現れた。

「私もお茶が飲みたい」

指示され、彼女のお茶を僕は従順に丁寧に淹れるのだ。
彼女は満足気に、

「わぁ、ここからの景色最高だね」

と仮面を輝かせる。

朝食が終わり、部屋に戻った僕は提案してみる。

「今日も天気がいいし、せっかくだから早めにチェックアウトして、那珂湊(なかみなと)の方まで行ってみようか?」

すると彼女は、

「えー、お腹いっぱいで、まだ動けない」

と駄々を捏ね始め、

「チェックアウトって何時だった?」

と畳みかけるように続けた。

僕は狙われた小動物のごとく、恐怖で全身が逆立つのを感じた。

また、いつものパターンだ。
僕は宿のチェックアウト時刻よりも早めにチェックアウトして、お昼前には軽く観光をし、ランチを楽しんだ後は午後もゆっくりと観光して帰るプランをいつも考えているのに、彼女は違うのだ。

「ちょっと眠くなっちゃった」

と、いやらしい声色を漏らし始める。
僕は無視した。しかし彼女は僕を絶対に逃がさない。
そう、彼女は狙った獲物は必ず狩るのだ。

「ねぇー? 昨日の続き、したくなっちゃった。ダメ?」

目を潤ませた肉食獣が瞬時に僕を生殺しで捕え、じっくりと時間をかけて味わうように、いやらしく喰らうのだ。

僕の旅の計画はいつだって彼女に潰される。元はと言えば、彼女が言ったはずなんだ。

「次の日は天気が良かったら海が見に行きたいな」
「お昼は那珂湊で海鮮食べるのとかどう?」「そのあと時間があったら水族館も行きたい」

整え直したはずの布団が再び乱れ、食い荒らされた可哀想な息子の残骸を惨めに片付ける頃には、もう正午を告げる時刻が迫っていた。

「チェックアウト十二時のお宿で良かったね」

悪魔は大層満足気に、自己完結していた。
そして極め付けに、

「運動したらお腹空いちゃった」

と舌を出した。

そうか。彼女にとって神聖な男女の交わりは、ただのスポーツなのだ。

僕には理解できない彼女の言動に、僕は終始苦しんで疲れ果てる。
そして僕はその夜、発熱した。


編集後記:

恋愛という言葉は、ここまで歪み、ここまで純粋になれるのかと、改めて考えさせられた。

支配と服従。
理不尽と快楽。
拒絶と渇望。

本来、相反するはずの感情が、ひとつの関係の中で共存している。
それは「愛」と呼ぶにはあまりにも不安定で、しかし「偽り」と切り捨てるには、あまりにも強い引力を持っている。

この物語の魅力は、答えを提示しないことにある。
なぜ彼は離れないのか。
なぜ彼女は求めるのか。
その理由は語られないまま、読者の内側に問いとして残される。

そして気づく。
恋愛とは、理解するものではなく、巻き込まれるものなのだと。

第二章にして、すでに関係は臨界点に近づいている。
この歪で美しい関係が、どのような結末を迎えるのか。
ぜひ、その行方を見届けてほしい。

文芸高校出版部 編集長 兼 用務員
風間静人(静月)


寄稿者



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