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『感情の国ーシロとエモノスたちー⑬』

第13話 名前のない花

 

絶望の国を抜けたあと、僕とナギはしばらく、風の道を歩いていた。

風は穏やかで、どこか懐かしい匂いがした。

 

「ありがとう」
ナギが静かに言った。

「俺、自分が何者なのか、忘れてた。
 名前も、感情も……ずっと、怖くて目を背けてた。」

 

僕は答えた。

「でも君は、ちゃんと覚えてたよ。
 心の一番奥に、しまってただけなんだ。」

 

そのとき、丘の上に一本の花が咲いているのが見えた。

それは、見たこともない“色”だった。

透明のようで、虹色のようで、
でもどこか、“名前がつけられない色”。

 

僕は近づいて、そっと花びらに触れた。

ふわりと風が吹いて、その花は、やさしく震えた。

 

「これ……“名前のない花”だよ」

風が囁いた。

 

この世界に、まだ“色”があった頃。

人々は、感情ごとに花を咲かせていた。

怒りの赤。悲しみの青。愛の桃色。

だけど、この花だけは、誰にも名づけられなかったという。

 

風の声が続く。

「それは、“名前を持たない感情”。
 名づけることができなかったほど、深くて、繊細で……
 誰かが心の底から“在った”ときだけ咲く、奇跡の花。」

 

僕は花を見つめながら、思った。

――これはきっと、“赦し”の色だ。

 

誰かを赦すこと。
自分を赦すこと。
名前すらつけられないほどの、あたたかな感情。

 

そのとき、ナギが僕に言った。

「俺、やっと思い出したよ。
 俺の“ほんとうの名前”……」

 

ナギは空を見上げた。

その瞳には、色が戻っていた。

 

風が、また吹いた。

空にひとつ、音のない鐘が鳴った。

 

“本当の名前を思い出した者は、中心の扉へと導かれる”

 

それは、旅の終わりと――

ほんとうの始まりを告げる音だった。

 


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