「分かってしまう自分と、許せない自分のあいだで運転している」
ちゃんとしているはずなのに、なぜか落ち着かないものがある。
スピードも守っているし、ウインカーも出している。
ルール的には何も間違っていないのに、なんとなく近くにいたくない車。
あれが、ずっと不思議だった。
この前、ふと気づいた。
「あ、これ“ズレてる”んだ」
車間距離は詰めすぎていない。でも、どこか近い。
発進も遅くはない。でも、少し急いでいる感じがする。
全部“間違いではない”のに、全部がほんの少しだけズレている。
たぶんあれは、運転技術の問題じゃない。
余裕とか、焦りとか、
その人の“状態”みたいなものが、そのままハンドルに乗っている。
で、嫌な話なんですけど、これ自分もやってるんですよね。
時間に追われているときとか、気分が荒れているときとか。
ちゃんと運転しているつもりでも、あとから思い返すと少し雑だったなと思う瞬間がある。
運転って、うまさよりも“その日の状態”が出る。
そう考えると、ちょっと怖い。
つづく…

これは、ちゃんと左側通行ですね(笑)!
❝ズレ❞が気になった方には、以下の記事がオススメです!
つづき…
ニュースで飲酒運転の話を見るたびに、
「ありえない」と思う。
違法だし、危険だし、取り返しがつかない。
それは本当にそう思っている。
でも同時に、少しだけ、わかってしまう自分もいる。
酒を飲んで気が緩んで、
「これくらいなら大丈夫だろう」と思ってしまう感じ。
判断がぼやけて、面倒なことを一つ省略したくなるあの感覚。
もちろん、それと実際にハンドルを握ることのあいだには、
越えてはいけない線がある。
そこは、はっきり別の話だと思っている。
でも、その一歩手前の「横着さ」みたいなものは、
日常の中にわりと普通にある。
急いでいるときとか、疲れているときとか。
「まあいいか」で済ませてしまう瞬間。
それがたまたま運転と結びついたとき、
取り返しのつかない形になるだけで。
だから強く否定しながら、
どこかで少しだけ引っかかる。
完全に切り離された“別の人”の話ではなくて、
地続きの延長線上にある気がしてしまうから。
たぶん人は、「絶対にやらないこと」よりも、
「やろうと思えばできてしまうこと」の方に緊張する。
だからこそ線を引くし、
あえて強い言葉で否定する。
でもその線は、外側に引くものというより、
自分の内側に引いているものなのかもしれない。
わかってしまう自分と、許せない自分のあいだで、
たぶんみんな運転している。
ちゃんとしているかどうかよりも、
少しだけズレていないかどうか。
安全運転って、技術よりも、
その“ズレ”に気づけるかどうかの話なのかもしれない。
そしてたぶん、そのあいだにいること自体が、
ほんの少しだけブレーキになっている。
私と似たような気持ちの方には、以下の書籍がオススメです。
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最後になりました。
本記事のきっかけとなったのは、だいさんの「ベタ」という言葉からです。
拝読させていただいた瞬間、ガツンと来るものを感じました。
新鮮な刺激を、ありがとうございます。
本文の構成をかなり「ベタ」に寄せたつもりです(こんな私でも日夜?学びながら挑戦しています。ほんまかい? 笑)。
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