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「今」という瞬間に、ただ隣で留まってくれる存在こそ心の傷の救いとなる『あの歌を憶えている』【ネタバレなし】

この映画の魅力を3文で

  • 心に癒えない傷を抱えた女性と、記憶を失っていく男性。

  • ふたりの出会いが静かに問いかけるのは「誰かの話を、ただそのまま聞く」ということの意味。

  • 言葉少なく、でも確実に、心の奥に届いてくる時間が流れる…


こんな方におすすめ

  • 誰かに話を聞いてもらえず、ひとりで抱え込んできた経験がある方

  • 大切な人を「うまく支えられているか」不安に感じている方

  • ジェシカ・チャステインの繊細な演技をじっくり味わいたい方

  • 静かで深い、大人のヒューマンドラマが好きな方

  • アドラー心理学・自己受容、対人関係に興味がある方


はじめに

 気持ちを正直に話したことがある。でも、ありのままを聞いてはもらえなかった…

 あなたにも、そんな夜が、一度くらいあるのではないだろうか。

 言葉にしてみたのに、途中で遮られた。

 「でもさ」と返ってきた。

 アドバイスをもらった。

 励まされた。

 比べられた。

 ——どれも悪意はなかったかもしれない。それでも、話し終えたとき、何かが余計に重くなっていた。

 伝えようとした心は、宙に浮いたまま、どこにも着地しなかった。

 こんな経験が積み重なると、人はやがて、話すことをやめていく。傷は言葉にならないまま、ただ、静かに体の中に居続ける…

 今回ご紹介する映画『あの歌を憶えている』は、このような心の形を、静かに、しかし確実に描いた作品です。

 さあ、感情の奥行きを、この映画から…


ふたりが出会う前の、それぞれの孤独

 ニューヨーク、ブルックリン。

 シルヴィアは、ソーシャルワーカーとして働き、13歳の娘とふたりで暮らしています。

 他人の痛みに寄り添うことを仕事にしながら、自分自身の痛みには、誰も寄り添ってくれない。

 静かで規則正しい生活の中に、どこか固く閉じた何かがある。

 彼女が秘めている過去が何かを、映画はすぐには明かしません。ただ、彼女の目が、ある種の言葉に反応するとき——その瞬間だけ、何かが揺れる。

 一方、ソールは若年性認知症による記憶障害を抱えています。

 昨日のことを、今日は憶えていない。会った人の顔が、翌朝には消えている。

 それでも彼は、穏やかで、優しい。かつて愛した妻との記憶だけが、かすかに残っている。

 高校の同窓会で、ふたりは出会います。その後、家族に頼まれ、シルヴィアはソールの面倒を見るようになります。

 最初は距離のある関係が、ブルックリンの街を歩くうちに、地下鉄に乗るうちに、マッカレン公園のベンチに並んで座るうちに、少しずつ変わっていく…


 主人公シルヴィア役のジェシカ・チャステインは、衣裳を街のショップで自ら選び、ヘアメイクも自ら施してこの役に臨んだといいます。

 「作られた美しさ」を脱ぎ捨て、ただそこに生きているシルヴィアとして画面に存在する。その静かな佇まいが、彼女の心の傷の深さを、言葉よりも雄弁に語っています。

 また、ソールを演じるピーター・サースガードは、本作でヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞。記憶が失われていく恐怖と、それでもなお残る愛の温かさを、情感豊かに体現しています。


「青い影」が流れる場所で

 この映画には、繰り返し流れる曲があります。それは、プロコル・ハルムの「青い影(A Whiter Shade of Pale)」です。

 1967年のリリースから半世紀を超えてなお色褪せない、エモーショナルな一曲。ソールが大切に聴き続けるその曲は、亡き妻との記憶と結びついています。

 ソールにとって、音楽は記憶の代わりです。言葉では辿り着けない場所に、旋律はまだ届く。

 やがて、その曲はシルヴィアにとっても、特別な意味を持ち始めます。


 この映画のみどころは、ふたりが「何かをする」場面ではなく、「ただそこにいる」場面にあります。

 ソールがシルヴィアの隣で、ただ静かにいる。シルヴィアが、珍しく、言葉を飾らずに話している。

 ソールは記憶を失っていく。だからこそ、彼は目の前にある言葉を、ただそのまま受け取ることができる。

 過去の文脈で解釈しない。将来の心配で遮らない。今この瞬間、目の前の人が言っていることを、そのまま聴く。

 それが、シルヴィアにとって何を意味したか。

 映画はそれを、説明しません。ただ、彼女の顔が、少しずつ変わっていく様子を、丁寧に映し続けます。


アドラーレンズ:聴くことは、与えることである

 ドラー心理学に「課題の分離」という考え方があります。

 「あなたの課題」と「私の課題」を適切に分けること。相手の感情や人生に、土足で踏み込まないこと。

 でも、これはただ「距離を置く」ということではありません。むしろその逆で——相手の話を、自分の価値観や不安でフィルタリングせずに受け取る。それが、本当の意味で「寄り添う」ということです。

 私たちは誰かの話を聴くとき、つい「何か言わなければ」と感じがちです。

 アドバイスをしなければ、慰めなければ、解決策を出さなければ——その焦りが、聴く行為を「自分の課題」に変えてしまう。

 気づけば、話しているのが相手ではなく、自分になっている。

 ソールはそれができない、というよりも、それをしません。記憶が積み重ならないから、判断のフィルターが薄い。彼はただ、今ここにいる。今ここで、あなたが話していることを、ただ聴いている。

 それが、シルヴィアにとって初めて出会う「聴かれる体験」だったとしたら…

 傷は、語られることで少しずつ輪郭を持ち始めます。語られた言葉が、誰かにそのまま受け取られたとき——傷は、初めて「過去のもの」になっていく可能性が開く。

 心理学者アルフレッド・アドラーは言っています。「共同体感覚とは、他者への関心を持ち、貢献することで発達する、喜びの感覚」と。

 ソールは何もできない、と周囲は思うかもしれません。記憶を持てない、約束を守れない、将来を共に描けない。

 でも彼は、誰よりも深く、シルヴィアの言葉を受け取ることができた。それもまた、誰かへの貢献の形です。

 「聴く」ということが、いかに大きな贈り物であるか——この映画は、そのことを静かに証明しています。


あなたの隣に、聴ける人はいるか

 少し、問いかけをさせてください。

 あなたの話を、「ただそのまま」聴いてくれる人が、今のあなたの生活の中にいますか?

 アドバイスも、励ましも、評価もなく——あなたが言ったことを、あなたが言ったこととして、受け取ってくれる人。

 いる、と思えたなら、その人はあなたにとってかけがえのない存在です。次に会えるときに、少し丁寧に接してみてください。

 そして、すぐには思い浮かばない、という方へ。

 この映画のシルヴィアも、最初はそうでした。でも彼女は、思いがけない出会いの中に、その場所を見つけた。

 あなたの話が聴かれることは、あなたの権利です。あなたの言葉は、そのまま受け取られるに値する。もちろん、逆もそう。

 同時に——あなたの隣にいる誰かは今、「ちゃんと聴いてほしい」と思っているかもしれません。

 アドバイスは、少し後回しにしていい。まず、最後まで聴くことから始めてみる。それだけで、何かが変わることがあるから…


おわりに:歌は、覚えていてくれる

 「青い影」は、今も流れ続けています。

 ソールが何度も繰り返し聴いたように。記憶が消えても、旋律だけは残るように。

 人は、言葉を忘れることがあります。出来事も、顔も、忘れることがある。

 でも、「あのとき、ちゃんと聴いてもらえた」という感覚だけは——言葉にならないまま、体のどこかに残り続ける。

 シルヴィアが最後に立っている場所…そこで彼女の顔に映るものを見たとき、思いました。

 傷は、消えたわけではないかもしれない。でも、彼女は今、その傷と一緒に、前を向いている、と。

 それで十分だと、この映画は言ってくれている気がします。


作品概要

原題:Memory
制作年:2023年
制作国:アメリカ/メキシコ
監督:ミシェル・フランコ(『或る終焉』カンヌ国際映画祭脚本賞、『ニューオーダー』ヴェネツィア国際映画祭審査員大賞)
出演:ジェシカ・チャステイン(シルヴィア)、ピーター・サースガード(ソール)
上映時間:103分

関連作品 『ブルー・バレンタイン』(2010) 、『はじまりのうた』(2013) 、『君に読む物語』(2004)、 『ルーム』(2015)


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また次の記事でお会いしましょう。

メンタルコーチ中村常楽




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