十一献金の恵み
そのころの私たちの月定献金は、夫婦合わせて15、000円であった。そして、この額は決して少なくないと思っていた。実際、私の通っていた教会でもこんなに捧げている人は、あまりいなかったし、サラリーマンである私は、給料を手にする前にすでに各種の税金を天引きされており、これ以上の出費はできないと思っていた。
私は毎日夜遅くまで会社にいたが、生活水準は向上しなかった。「どうしてこんなに苦しく、みじめなんだろう。」と毎日思っていた。コンピュータソフトウェアの開発に携わっていたが、この仕事は実は体力だけが勝負であることを実感していた。
しかし、ふとした機会に私は、今も神に全収入の10分の1を収めている頑固な人達がいることを知り、そういう人々に興味を持った。そして、何冊かの信仰書を読むうちに、十一献金が神の祝福を受ける現実的な方法であることを知るに至ったが、実際に自分でそれを実行しようとはまだ思わなかった。
ある日の昼休み、私は食事を急いで済ませ、いつものようにオフィースの自分のデスクで聖書を読んでいた。その日の箇所は、旧約聖書のマラキ書第3章。献金の奨励のときによく引用される場所であった。読み進むうちにあの有名な『十分の一の捧げ物をすべて倉に運び・・・・』(マラキ書3章10節)という箇所にきた。「ああ、またこれか。」と思った。かつて私の教会ではこのみことばを献金の奨励に引用すべきかどうかで議論になったことがあった。それだけ影響力のあるみことばである。このみことばはまぎれもなく、十一献金を奨励している。しかし、私の教会では十一献金を奨励することはタブーとされていた。それは、信徒に過度の負担を強いることであり、牧会上好ましくないとされてきた。
私はこのときもこの聖書のみことばを一種重苦しい気分でやりすごし、さらに先に読み進んだ。しかし、次の節を読んだとき、私の心は何か新しい感動を覚えた。そこには、こう書かれていた。『また、わたしはあなたたちのために食い荒らすいなごを滅ぼして、あなたたちの土地の作物が荒らされず、畑のぶどうが不作とならぬようにすると万軍の主は言われる。』(マラキ書3章11節)「いなごだって?」私の頭には、次男がよく虫かごに入れているあの青くて足をひきずる虫の姿が浮かんだ。「もしあれが私の生活を蝕んでいたとしたら?」と、その途端に、なぜ私の生活が苦しく惨めなのかが瞬間的に分かったような気がした。そして、いなごから開放されたときの私の畑のたわわに実った麦の穂の光景が脳裏をかすめた。とっさに、「十一献金。これしかない。」と思った。「でも、どのようにして?・・・・」 しかし神は私の心に、十一献金の決心と共にその方法までも示されたのだった。それは、一瞬のできごとだった。
いつもより少し早く会社を出て帰宅し、妻に言った。「ねえ、神様は今日僕に十一献金をすれば僕の生活を祝福すると語られたと思うんだ。だから、来月から十一献金を実施しないか?」妻はしばらく黙っていてから言った。「そんなの無理じゃない?」「でも、それができる方法があるのさ。神様が教えてくださったんだよ。」「そんなものがあったら教えてほしいわ。」「最後までよく聞いてくれるかい。」「いいわよ。」「まず、子供たちの生命保険を全部やめる。次に僕の小遣いを5、000円減らす。それでOKだ。どうだい?」妻は、押し黙ってしまった。私も妻の顔をじっと見ていた。しばらくの沈黙が続いた。しかしやがて、ついにその顔に笑みが浮かんで言った。「いいわ。やりましょう!」「ハレルヤ!!」僕は思わず叫んでしまった。私に語ってくださった神様は今、妻の心にも同じように語って下さったに違いないと思った。私の心に、こんな妻を持った、何か誇りのようなものが満ちてきた。
それから2カ月ほどたったある日、会社の春闘が妥結し、私の今年度の給与が決まった。それは、もう夏になっていた。家に帰って給与辞令を開けて見た私は、一瞬沈黙するほど驚いてしまった。私の月給はその月、25、000円以上上昇していたのだった。そのころのベースアップの世間相場は、9、000円ほどであったと思う。これにより、5、000円ダウンしていた私の小遣いは、一挙に元通りに復活した。さらに、後日になってのことであるが、子供たちの保険の解約金が全部で70万円ほど戻ってきた。これは、私のかつてからの願いであった、通信神学校の3年分の学費にほぼぴったりの額であった。それからというもの、私の給与は順調な伸びを示している。
それにしても、かつての惨めな生活とくらべて、なんとすべてが変わってしまったことだろうか。私の回りからは、食い荒らすイナゴがいなくなった。あのマラキ書3章のみことばが私の人生に成就した。今私は、心からの喜びをもって、この章をさらに読み進むことができる。
『諸国の民は皆、あなたたちを幸せな者と呼ぶ。あなたたちが喜びの国となるからだと万軍の主は言われる。』 (マラキ書3章12節)以 上
