映画というより、絵画だ。『PERFECT DAYS』
2024/02/18
まずは何も調べずに、見て欲しい。
映画を観終わった今、
映画評論youtuberの意見はいらない。
もっと自分でこの感想を咀嚼したい。
そんな感覚が残る。
そしてまた時が経ち、
今と取り巻く環境や何かがが変わった時、
観に行きたい。
今はただ、純粋に自分が感じ取ったものを濁さずに書いておきたい。
ネタバレも含む。
そしてぜひこの作品を観て感じたことを咀嚼した人としっぽり飲みたいと思える今まで出会ったことのない作品だ。
映画というより、絵画だ。
この絵を観てあなたはどう思うか?
自分の感覚と合う人とは深く仲良くなれそうな
価値観探知機のような作品だ。
僕が大好きな映画『YESMAN』『LIFE!』の対極
僕の人生を変えてくれた映画は『YESMAN』『LIFE!』
行動すれば、体験を重ねれば人は成長できる。変化を恐れなければ自分なりの幸せを見つけることができうる。
体験至上主義な生き方を作ってくれた大切な作品だ。
この作品は真逆に位置している。
でも、『YESMAN』『LIFE!』と同じくらい見返したい作品だ。
あえて言葉にするなら、
『PERFECT DAYS』は生き方を振り返る作品。
『YESMAN』『LIFE!』は人生を変えてくれる作品。
「家で見ていたら寝ちゃう作品だよね」
作品を観終わったカップルが
「家で見ていたら寝ちゃう作品だよね」と話していた。
ある意味そうかもしれない。
それぐらい人は、コンテンツに劇的なドラマを求めているのだろう。
その反面、自分の生活は?
変わっていない。変わるのが不安だろう。
日々の幸せってそれほどまでに気づかないほど小さなものなんだ。
それ以上を求めることが生き続けるということなのか?
ときどき幸せで、ときどき悲しい
1970年代のカセットテープの音楽がメインで進行する本作品内で
[sometime happy sometime sad]という歌詞がある。
トイレの清掃中に出会う、迷子の子どもを手助けした時、子どもの親はトイレ清掃員に対する偏見から手を必要以上に除菌シートで拭いたり、酔っ払ったサラリーマンは「清掃中」の看板を蹴飛ばして清掃員のまるでいないかのように扱う住む世界がまるで違う無関心な世界という現実を突きつける悲しい出来事がある。
同時に、迷子の子どもが手を振って感謝を伝えてくれたり、海外観光客にトイレの使い方を教えて心から感謝されたり日常には些細かもしれないが幸せがある。
[sometime happy sometime sad]
それが日常であり、人生なんだ。
その小さな幸せに感謝できることが完璧な日々なんだと思うと涙が出た。
なぜ変わらないといけないのだろう?
変わる人、変わらない人、諦める人、どの世界でもない人。
主人公は「変わらない人」であり「変われない人」だ。
この作品の娯楽は全て合計しても1万円、いや5千円以内の幸せだ。
普段見落としてしまう幸せに気づく完璧な日々。
しかしそれがずっと続くことはない。
人は衰え、消費し、環境や周囲は気づかないスピードで変わっていく。
完璧な日々というのは幸せなのか?
主人公の親に会いにいけない葛藤。
ラストシーンであった哀喜が入り混じった表情。
変わらないことを選択しているようで、変われないのではないか?
変わらなければ変わりたくても変われなくなる。
変わる人はずっと変わり続ける。
どちらが良い悪いではない。
僕はそう思った。
木漏れ日。1日1日が完璧で2度とない日々。
日々の中にある小さな幸せを大事に生きられたらどんなに心が楽か。
そして背伸びしない幸せが本当の幸せだと気づく大事さ。
ここは忘れたくない。
だけど、そこに留まり続けることは僕にはできない。
完璧な日々だけで幸せになっちゃいけない。
それが僕の現在地。
だからこそ、「こんなふうに生きれたらいいのに」と思うのだろう。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくださり...ありがとうございます! SNSに書かずnoteだけに書くことも多いので、ぜひフォローお願いいたします!