寝てないアピールするやつに仕事できる奴見たことない説
先日、高市早苗首相が自身のSNSで「ほとんど寝ていない」趣旨の投稿をして話題になりました。
「また寝てないアピールか」 「忙しいのは分かったけど、わざわざ言う必要ある?」
そんな反応を見て、ふと思い出した言葉があります。
「寝てないアピールする人に、仕事できる人を見たことがない」
もちろん、これはネット上で昔から語られてきた“あるある”であって、科学的に証明された法則ではありません。
実際に「寝てないアピールする人ほど仕事ができない」という研究が存在するのか調べてみましたが、今の時点で信頼できる直接的な研究は見つかりませんでした。
では、この説は完全にデタラメなのか。 調べていくと、意外にも「なぜそう感じる人が多いのか」を説明できそうな研究はいくつも見つかりました。
今日はその話です。
そもそも「寝てないアピール」とは何か
ここで言う「寝てないアピール」とは、単に睡眠不足を報告することではありません。
「昨日3時間しか寝てない」
「徹夜で仕事してた」
「今週まともに寝てない」
「睡眠時間削って頑張ってる」
といった発言を、努力・責任感・有能さの証明として語る行為を指します。
問題は「寝ていないこと」ではなく、それを価値として提示している点です。
「寝てない=頑張ってる」は本当なのか
まず事実として確認したいのは、睡眠時間と仕事の成果の関係です。
睡眠不足は認知機能を低下させる
アメリカのペンシルベニア大学などの研究では、健康な成人を対象に睡眠時間を制限したところ、反応速度・注意力・判断力が日を追うごとに低下しました。
特に重要なのは、被験者本人は「そこまで悪化していない」と感じていた点です。 つまり、人は睡眠不足になると、能力が落ちるだけでなく、自分が落ちていることにも気づきにくくなる可能性があります。
この研究は『Sleep』誌に掲載されています。 Belenky et al., Sleep (2003)
「短時間睡眠でも慣れる」はほぼ幻想
さらに有名なのが、同じくペンシルベニア大学の研究です。
被験者を
8時間睡眠
6時間睡眠
4時間睡眠
などに分けて14日間観察したところ、6時間睡眠でも認知機能は継続的に悪化しました。
しかも被験者は「慣れてきた」と感じていた。
研究者は、慢性的な睡眠不足では主観的感覚と客観的能力が乖離すると結論づけています。 Van Dongen et al., Sleep (2003)
要するに、
「寝てないけど全然平気」
は、本人の感想であって、能力低下が起きていない証拠にはならない、ということです。
日本人は本当に寝ていない
ここで「でも日本人ってみんな寝不足じゃない?」と思う人もいるでしょう。
実際、その通りです。
OECDの調査
OECD(経済協力開発機構)の「Gender Data Portal」では、日本人の平均睡眠時間は加盟国の中でも短い水準です。
2021年時点で、日本は主要国の中で最下位クラスでした。 OECD, Time spent in sleep
厚生労働省の推奨
厚生労働省は「健康づくりのための睡眠ガイド2023」で、成人は6時間以上を確保することが望ましいとしています。 厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
つまり、日本社会には「寝不足が普通」という背景があります。
では、なぜ「寝てないアピール」は嫌われるのか
ここからが本題です。
「寝不足だ」という事実そのものより、それを誇る態度が嫌われる。
この理由を説明する研究があります。
“忙しさ”をステータスにする文化
ハーバード・ビジネス・スクールなどの研究では、現代社会では「忙しいこと」が高い社会的地位のシグナルとして受け取られる傾向があると報告されています。
研究タイトルは The Busyness Paradox: Time Poverty Signals Status(2017年)。
要約すると、
昔:暇=金持ち
今:忙しい=価値が高い人
と認識されやすい、という話です。 Bellezza et al., Psychological Science (2017)
「寝てない」は「忙しい」の強化版
ここで考えると、
忙しい
残業している
寝ていない
は同じ系列のメッセージです。
特に「寝ていない」は、
「自分の時間すら犠牲にして働いている」
という強い自己演出になります。
だから周囲は、
本当に必要な報告なのか
ただ頑張ってるアピールなのか
を無意識に判定してしまう。
そして後者に見えると反感を買いやすい。
本当に仕事ができる人は言わないのか?
ここは断定できません。
「有能な人ほど睡眠時間を公表しない」という信頼できる研究は見つかっていません。
したがって、
「寝てないアピールする人に仕事できる人はいない」
とは言えません。
ただし、別の事実は言えます。
成果と睡眠不足は別問題
多くの研究は、
睡眠不足で成果が上がる
睡眠不足が生産性を高める
という主張を支持していません。
むしろ、
注意力低下
ミス増加
判断力低下
との関連が報告されています。 CDC, Sleep Deprivation 米国国立心肺血液研究所
つまり、「寝てないこと」は少なくとも有能さの証拠にはならない。
私たちが本当に評価すべきなのは何か
ここがこの記事の結論です。
社会ではしばしば、
長時間労働
徹夜
休日返上
睡眠不足
が「頑張っている証拠」として扱われます。
しかし、研究が示しているのは逆方向です。

重要なのは「どれだけ削ったか」ではなく、何を生み出したかです。
高市首相の件について言えること
冒頭の話に戻ります。
高市首相がSNSで睡眠不足に言及したこと自体から、
仕事ができる
仕事ができない
を判断することはできません。
また、過去に同様の投稿があったかどうかについても、現時点で網羅的に確認できていないため断定しません。
ただ、一般論として、
「寝てない」
「忙しい」
「休んでない」
を繰り返し発信すると、受け手はそれを自己演出として受け取る可能性がある。
これは研究で示された「忙しさ=ステータス」という認知傾向と整合的です。
おわりに
結局のところ、
「寝てないアピールするやつに仕事できる奴見たことない」
は、科学的に証明された法則ではありません。
しかし、
睡眠不足は能力を高める証拠がない
忙しさを誇る文化は存在する
人は“忙しいアピール”を地位シグナルとして解釈する
という研究は存在します。
だから多くの人が、
「寝てないことを誇るより、成果を見せてくれ」
と感じるのでしょう。
本当に仕事ができる人かどうかは、睡眠時間ではなく、アウトプットで判断したいものです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献・出典一覧
Van Dongen, H. P. A. et al. (2003). The cumulative cost of additional wakefulness: Dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep. Sleep誌論文
Bellezza, S., Paharia, N., Keinan, A. (2017). The Busyness Paradox: Time Poverty Signals Status. Psychological Science. Psychological Science論文
OECD. Time spent in sleep. OECDデータ
厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」 厚労省公式
Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Sleep Deprivation. CDC
National Heart, Lung, and Blood Institute. Sleep Deprivation and Deficiency.
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