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モンゴルで初めて馬に乗った日

羊を殺した翌日

朝になると友人が言った。

「ピクニックに行こう。ちょっと親戚の家まで」

車ではなく馬で
どうやら彼は「どこかへ行く」という日本語?を
「ピクニック」と認識している

食料と水、それから簡単な宿泊道具を持って出発するらしい。

私は馬に乗ったことがなかった。
そう伝えると、友人は笑いながら言った。
「大丈夫。乗れる。好きな馬を選べ。」

モンゴル流馬術教育

馬は何頭もいた。

私はなるべく優しそうな顔をしたぶち模様の馬を選んだ。

友人はその馬に鞍を付けてくれた。

そして説明が始まった。

「走らせたいときは“チュ”と言う。」

「もっと走らせたいなら棒で尻を叩く。」

「止まりたいなら手綱を引く。」

以上。

説明終了。

モンゴルでは何事もシンプル。

日本なら説明書があって、講習があって、安全教育があって、確認テストがあってから始まりそうなものだ。

しかしモンゴルは違う。

簡単な説明を受けたら、とりあえずやってみる。

それが当たり前だった。

草原を走る

恐る恐るまたがる。

思ったより乗れる。

歩く分には特に問題はなかった。

しかし走り始めると話は別だった。

怖い。

そして尻が痛い。

ものすごく痛い。

だが初めて馬で草原を駆ける興奮の方が勝っていた。

青空の下を走る。

どこまでも続く草原を走る。

風を切る。

それだけで楽しかった。

ドラマや映画で見ていた世界に、自分が入り込んだような気分だった。

どこまでも続く大地、おれたちはどこまでも行ける

男たちが馬にまたがり剣を手にすれば

確かに世界征服しようと思えるだろう

チンギスハーンの夢のかけらを感じることができた

馬になめられる日本人

しかし現実は甘くない。

私の馬は時々止まり。

勝手に草を食べ始める。

急に歩く速度が落ちる。

どう見てもサボっている。

友人にそのことを伝えると、

「なめられてるんだ。」

と言う。

なるほど、と思った。

確かに友人が近づくと馬は急に真面目になる。

ちゃんと走る。

草も食べない。

犬もそうだった。

牛もそうだった。

羊もそうだった。

集落の動物たちは友人を見るとどこか緊張した様子になる。

虐待しているわけではない。
(たまにハンマーで頭をたたいたりするだけだ)

何かが違う。

動物たちは彼が群れのリーダーだと分かっているように見えた。

私はうらやましかった。

人にも動物にも通用する何かを彼は持っている。

オーラと言うのだろうか。

威厳と言うのだろうか。

たぶん一朝一夕で身に付くものではないのだろう。

モンゴルのピクニック

友人は「ちょっと親戚の家まで行こう」と言った。

しかしその「ちょっと」の感覚が違った。

途中で休憩しながら進む。

パンを食べる。

水を飲む。

小川を渡る。

草原に座る。

また走る。

また休む。

思えば6時間くらい馬で移動していた。

モンゴルではそれが普通。

建物も信号もない。

草原とたまに川と岩があるだけ。

時間の感覚まで変わっていくようだった。

親戚のおじさんの家

夕方近くになって親戚のおじさんの家へ到着した。

こちらもゲルで暮らしている。

規模としては友人の実家の三分の二ほどだろうか。

友人は馬から降りると、おじさんと力強く抱き合った。

そのあと私を紹介してくれた。

おじさんは私を見て目を丸くした。

何か言っている。

言葉は分からない。

だが友人によると、

「本当に日本人か?モンゴル人みたいだな。」

と言っているらしい。

その時は少しうれしかった。

モンゴルのかぎたばこ

その後、おじさんは懐から小さな瓶を取り出した。

そして瓶の中の粉を私の手の甲に出した。

友人が説明する。

「モンゴルのかぎたばこだ。」

粉末状になったたばこを鼻から吸うらしい。

合法だ。

おそらく。

たぶん。

私は恐る恐る吸ってみた。

次の瞬間だった。

鼻の奥に強烈な刺激が走る。

スパイスのような香り。

そして猛烈な刺激。

くしゃみを必死にこらえる。

周囲は大笑いだ。

どうやら私の反応は期待通りだったらしい。

雨を連れてきた旅人

その時だった。

雨が降り始めた。

草原に雨粒が落ちる。

するとおじさんの家族が一斉に歌い始め

やがて踊り始めた。

最初は何事かと思った。

友人が笑いながら教えてくれた。

「旅人が雨を連れてきたんだ。」

モンゴルの草原にとって雨は貴重だ。
(実際、翌日には枯れた草原が青々としていた)

だから旅人が訪れた日に雨が降ると、その旅人は幸運をもたらす存在として歓迎されるらしい。

私は意味も分からず一緒に踊った。

みんな笑顔だった。

子供たちは走り回っている。

雨に濡れながら歌っている。

実に楽しそうだった。

私も楽しかった。

本当に楽しかった。

だがその一方、一抹の不安もあった。

ここまでのモンゴル体験を振り返ると、

初日は蠅入りの馬乳酒を飲み、

羊を一頭殺し、

今日は馬で6時間走ってきた。

次は何が起きるのだろう。

そんな期待と不安が半分ずつ混じった気持ちで、雨の草原を眺めていた。

そして後になって思う。

あの旅で一番贅沢だったのは観光地ではなかった。

巨大な寺院も世界遺産もなかった。

モンゴルの家族に迎え入れられ、彼らと同じ食事をし、同じ雨を喜び、
同じ星空を見たことだった。

旅人としてではなく、一人の人間として受け入れてもらった。

だから20年以上たった今でも、

あの草原の日々を忘れることができない。

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