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モンゴルと草原と羊

20年ほど前の話

私がまだ防衛大学校の学生だった時のこと

当時、モンゴル軍からの留学生がいて
私たちは兄弟のように仲が良かった。
休み時間になるとモンゴル相撲を取り、
モンゴルの歌を教わり、
草原や遊牧民の暮らしについて話を聞いた。

私はもともと三国志が好きで、
『蒼き狼』も愛読していた。
大陸やモンゴルの歴史には強い興味があった。
彼の人柄に自然と引き込まれていった。
彼の笑顔と包容力に

夏休みが近づいた頃だった。

友人が言った。

「一緒にモンゴルに来い。俺の家に来い。」

私は二つ返事で了承した。

北京を経由してモンゴルへ

飛行機でまず北京へ向かった。
当時の北京は、今とはずいぶん違った印象だった。
街にはまだ昔の中国の雰囲気が色濃く残っていて、
上半身裸で歩いているおじさんも珍しくなかった。

北京で一泊し、その後ウランバートルへ。

初めて見たモンゴルの首都は、
どこか無機質だった。
社会主義時代の雰囲気がまだ残っているように感じた。

旅はそこからが本番だった。

友人の実家はウランバートルから車で約10時間。

正確な場所は覚えていない。
ただ、古都カラコルムの近くだったことだけは記憶している。

民族衣装のデールをバザールで買い
車に水と食料を積み込み、草原の中を延々と走った。

景色はどこまでも続く。

日本ではまず見られないスケールだった。

遊牧民の暮らし

友人の家には何張りかのゲルが建っていた。

周囲には、



山羊


が見渡す限りいる。

何頭いるのか聞いたが、数えていないらしい。

家族も大家族だった。

おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、おじさん、おばさん、
親戚や友人たち。
合わせると20人近くいたと思う。
到着するとすぐに歓迎会が始まった。

馬乳酒と蠅

まず出されたのが馬乳酒だった。
モンゴルではごく普通の飲み物だ。
酸っぱいヨーグルトのお酒という感じ
アルコール度数はビールより少ないくらい

お椀になみなみと注がれた馬乳酒を渡された。
歓迎してもらったのが嬉しくて、私は勢いよく一気に飲み干した。
すると何か黒いものが浮いている。
タピオカみたいだな、と思った。

それも一緒に飲み込んだ。

飲み終わってからお椀の底を見る。
まだ同じものが残っていた。

よく見た。

蠅だった。

しかも死んでいる。

私は友人に聞いた。

「モンゴルでは蠅も飲むのか?」

すると友人は吹き出した。

「飲むわけないだろ!手でよけて飲むんだよ!」
その瞬間、周囲は大爆笑。

日本人が蠅ごと馬乳酒を飲んだ!

家族全員が腹を抱えて笑っていた。

私は一躍人気者になった。

ちなみに、それ以来タピオカドリンクは少し苦手である。

今晩食べる羊を、お前が殺す

夕方になると友人からナイフを渡された。

そして言った。

「今からお前が食べる羊をさばく。」

まじで?

その後、身振り手振りでやり方を説明し始めた。

羊を仰向けにする
前足を左手でつかみ
後ろ足は自分の足で抑える
腹を切る
手を突っ込む
横隔膜を破る
背骨の近くにある血管を切る
この時、きれいな血が流れる血管を切る。

汚い血が流れる方は切らない。

触れば分かる

以上

正直、何を言っているのかよく分からなかった。

だが、やるしかなかった。

初めて命を奪った

羊を捕まえて押さえ込んだ。

思った以上に力が強い。

ナイフを入れる。

しかし皮膚が驚くほど硬い。

なかなか切れない。

思い切り力を入れると、ようやく腹が開いた。

切り口から風船のように内臓がふくらむ

今から殺す羊が心配になり内臓を戻す

思い直して手を入れる。

横隔膜を親指で破る。

背骨に触れる。

血管が脈打っていた。

「ああ、これか。」

そう思いながらひとさし指を引っ掛けて切った。

その瞬間

ぼええええええ

羊は大きなため息とも叫びともつかない声を出した。

そして、静かになった。

私は人生で初めて、自分の手で動物の命を奪った。

一人前の男になったらしい

友人は満足そうに言った。

「これで一人前の男だ。」

私は聞いた。

「なんでこんな方法で殺すんだ?」

すると彼は答えた。

「羊は我慢できるから。」

意味が分からなかった。

さらに聞くと、できるだけ血を残さず食べるためなのだという。

翌日には子山羊も食肉用に処理された。

こちらは我慢できないらしく、ハンマーで頭を叩いてから解体していた。

遊牧民にとって家畜は家族であり、財産であり、食料だった。

私たちの感覚とは少し違う。

そこには生きるための現実があった。

モンゴルの味

羊を解体した

皮を剥ぎ、内臓を取り出し、食べられない部分は犬たちへ。

ふんの詰まった多分大腸を放り投げると食らいついている。

肉は銀色のたらいに入れられ、ゲルの中の大きな鍋で煮込まれた。

味付けは塩のみ

私は自分で殺した羊を食べた。

肉はうまかった、日本の肉とは違う

モンゴルの味がした

草原の風。

土の匂い。

羊の群れ。

馬の群れ。

遊牧民の暮らし。

そうしたすべてが肉の中に入っているような気がした。

比喩ではない。

モンゴルそのものから羊の脂の匂いがする。

夜、星空の下で


その夜は馬乳酒を飲んだ。

羊を食べた。

そして草原に寝転がった。

空いっぱいに星があった。

日本で見る星空とは比較にならない。

本当に空が落ちてきそうだった。

風の音しかしない。

その夜、夢は見なかった。



あれから20年が過ぎた。

今でもあの旅を鮮明に覚えている。

観光地には行っていない。

豪華なホテルにも泊まっていない。

私はあの旅で、

生きること

食べること

命をいただくことを教わった。

草原では目の前にいた羊が、その日の食事になる。

モンゴルで羊を殺した日。

あの日の経験は、

今でも私の人生の中で最も強烈で鮮明な思い出の一つになっている。

羊を見るたびに、タピオカミルクティーを見るたびに

モンゴルの草原を思い出す。

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