モンゴルで出会った三人の漢②視力15

50km先の人が見える男、多分視力は15

モンゴルには不思議な男が多かった。
その中でも私が一番驚いたのは、たぶん彼かもしれない。
その名はフルチンアハ。
フルチンの意味は分からない。
アハは兄貴という意味だ。
友人のおじさんの息子。
つまり友人のいとこである。
年上だったので、私もアハと呼んでいた。

年の頃は二十六、七歳だったと思う。
背は高くない。
だが体は引き締まっていた。
いつも笑顔だった。
そして何でもできた。

馬に乗れる。
羊のことを知っている。
牛のことも知っている。
山羊のことも知っている。
天気も分かる。
草原のことも知っている。
まさに遊牧民だった。

特にすごかったのが馬術である。
本当にすごかった。

馬で疾走しながら
地面に落ちている帽子を拾う。
走る馬の上で立つ。
方向転換する。
笑いながらやる。

映画だったら格好良すぎて嘘だと思う。
しかし本当にやっていた。
まさに人馬一体だった。

だが私が一番驚いたのは馬術ではない。
彼の目だった。

ある日。
おじさんの家からまたピクニックに行くことになった。
メンバーは私と友人とフルチンアハ。
三人で馬を走らせる。
遠くに見える山を目指した。

何時間走っただろう。
二時間か三時間か。
草原には比較するものがない。
だから距離感も分からない。

ただ一つ言えるのは、
見える山はとても遠かった。
ということだ。

1時間ほど馬を走らせていると、
突然フルチンアハが言った。

「あそこに人がいるな。」

私は周囲を見た。
何も見えない。

友人も首をかしげている。

フルチンアハはさらに言った。

「馬もいる。」

見えない。

私は視力が悪い方ではない。
むしろいいほうだ当時も今も1.5ある。
だが何も見えなかった。
本当に何も。

遠くには山しかない。

それから三十分ほど進んだ。
するとフルチンアハがまた言う。

「少し移動したな。」

「羊もいる。」

それでも私には見えない。

さらに三十分ほど進んだ。

ようやく何かが見えた。

確かにいた。

小さな点のようなものが動いている。
よく見ると馬だった。
人もいる。
羊もいる。

フルチンアハは笑った。

「隣の集落の人だ。」

さらに近づく。

本当に隣の集落の人だった。

笑顔で挨拶している。
どうやら知り合いらしい。

私は隣で呆然としていた。

今の距離はどれくらいだったのだろう。
正確には分からない。

だが少なくとも、
私には何も見えない距離から、
彼には人も馬も羊も見えていた。

双眼鏡でも持っているのかと思った。
もちろん持っていない。
裸眼だった。

私は友人に聞いた。

「モンゴル人はみんなあんなに目がいいのか?」

友人は笑った。

「いや、フルチンアハは特別だ。」

だろうなと思った。

今考えると、
あれは単純な視力だけではなかった気もする。

草原で生きる人間は、
遠くを見る。

毎日見る。

家畜を探す。
天候を見る。
狼を探す。
人を探す。

それを何年も何十年も繰り返す。

だから見えるのかもしれない。

視力だけではない。
見る力そのものが違うのだろう。

草原で育った男にはかなわない。
そう思った。

あの日のモンゴルで、
私はまた一人の漢に出会った。

馬と共に生き、
草原を知り尽くし、
誰よりも遠くを見渡せる男。

こんな男と草原で馬と弓矢で戦って勝てるはずがない。
これがモンゴル帝国の末裔。

恐るべしモンゴル。
恐るべしフルチンアハ。

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