宗教的真理に基づく学問とは何か 教育から失われる問う力 奴隷の学問と人間機械論 真理に忠実であることとは
2014年に、大学設置準備のために説かれた
幸福の科学大学創立者の精神をを学ぶⅠ(概論)を改めて読み直しています。
教育機関ー大学をなぜ創る必要があったのか
大川隆法総裁の自伝「鏡川龍二シリーズ」からも
その淵源にあたるものを描かれている気がします。
東大法学部に入学し、
東大について持たれた感想の
記述から少し読んでみます
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日本武道館の入学式には、鏡川竜二は、少々がっかりした。東大側に何の精神性もなかったからでである。
新入生3千人に、それを超える父兄の数。蟻地獄のような会館で、在校生の吹奏楽が少し演奏され、学長の挨拶と、来賓として、卒業生ではある二流哲学者、古来某氏の抽象用語でカモフラージュされた講和があったくらいである。
自分が何を言おうとしているかがわからない言葉で語り、書けるようにすることが、東大の教育方針なら、よほどの用心がいる。
1976年段階で、過去2回治安維持法で検挙され、1960年と1970年の2回の安保闘争で、体制に反対していた哲学者(?)を、卒業生の代表で招くとは、大学当局の混迷する価値観がよく表れていたとは言えるだろう。
当時、安保反対闘争で敗れて、東大を去った丸山眞男あたりを崇拝する弟子学者が、東大の要所をおさえていた。
もし丸山派が安保反対闘争に勝っていたら、日本は、旧ソ連、中共、北朝鮮のような国になっていたのである。この後、旧ソ連や中国共産党を礼賛する学者たちの授業で、鏡川竜二は苦しむことになる。講義をノートに取って、試験時に答案を書くだけなので、教授の授業が間違っていたら、成績優秀者ほど、地獄行きとなる。これでは日本の将来は一体どうなるのだ。
こういう人たちの授業でよい成績を取り、かつ、体制にうまくもぐり込もうとする人たちは、たぶん二重人格になっていくだろう。よほどの教養と、宗教的、哲学的信念を持っていなければ、流されていくだけの学生になるだろう。
大学側は「優」の数を競わせることで、学生を「奴隷の学問」に縛りつけようとしている。
いずれ、東大の没落と、日本の凋落がやってくることは避け難かろう。
竜二にとって、心すべきは、いずれにせよ、善悪の原点にあるこの大学で、日本の学問水準を見極め、自分の理想とする思想体系を築くことである。
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大学側は「優」の数を競わせることで、学生を「奴隷の学問」に縛りつけようとしている。
いずれ、東大の没落と、日本の凋落がやってくることは避け難かろう。
日本の教育の最高峰とされる東京大学で
「奴隷の学問」に縛りつけられている人が
日本のリーダーになっていくことの怖さを感じるところです。
今回この経典から少し考えを深めたいとインスパイアされたのはこのプレアデスのメイさんの動画の3章特に
18分辺りの次のような箇所を
聞かせていただいたからだと思います。
ここでは奴隷の学問という言葉はありませんが
「問う力」を衰退させていく教育について触れれているのです。
以下はメイさんの動画のなかの言葉をお借りしました。この部分を聞いていると、日本から失われていく教育について思うものがありました。
『2014年5月パリで開かれた国際会議で当時の日本の首相が、教育について演説をしました。学術研究を深めるのではなくもっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な職業教育を行なうべきだ。経済協力開発機構の閣僚理事会という世界の経済政策が議論される場での発言です。
学術研究を深めるのではなくという一文は、この国の教育をたった1行で別の場所へ向けるための号令でした。
その翌年2015年6月文部科学省から全国の国立大学に向けて一通の通知が出されます。通知の内容は人文社会科学系及び教員養成系の学部について組織の廃止、又は社会的要請の高い分野への転換を求めるというものでした。
人文社会系というのは哲学、文学、歴史学、社会学、教育学、こうした学問を指します。
人間とは何か、社会とは何か、正しさとは何か、お金の動きや効率の外側で、物事の意味を問う場所です。
通知のあと全国の60の国立大学のうち26校が学部の改廃計画を策定しました。哲学を研究する学科が縮小され、文学部が再編され、教育学部が他の分野に転換されていきます。問を育てる場所が国の判断で静かに細くされていきました。
一方で第一章で話した技術の流れの方は同じ流れのなかでこう動いていました。2013年グーグルがボストンダイナミクスと東京大学発のロボット企業を同じ年に買収しました。その翌年2014年首相が学術研究より職業教育をと国際会議で語りました。さらに翌年2015年文部科学省が人文社会科学系学部の縮小を求める通知を出しました。
2017年ソフトバンクがボストンダイナミクスと東京大学発のロボット企業を同じ月に買収しました。そして2026年東京大学から生まれた企業が4本の足で動く機械を里山に下ろそうとしています。2本の線が同じ10年のなかでぴったり並走していました。1本は4本足で歩く機械の所有権が世界規模で動いていく線です。もう1本は日本の中から問を育てる場所が静かに細くされていく線です。
別々の作業のように見えて設計図の上では同じ一つの作業の表と裏でした。問わせない設備をこれから国土に配置する。そのために配置されたものを問う力を先に細くしておく。
設計者は機械を下ろす前に機械を疑う場所を消しておく必要がありました。
哲学が育つ場所が太いままだと機械が下りて来たときにこれは本当に必要なのか、誰の利益のために配置されているのかという問いが自然に立ち上がってしまいます。立ち上がってしまえば配置の足取りが鈍ります。足取りが鈍れば計画が遅れます。体を奪うときも問う力を奪うときも設計者の動きはいつも同じ順番です。
奪うものの輪郭が見える前に奪うことを問う力を先に細くしておく。120年前山に神がいた頃、その神を疑うための言葉はまだ誰も持っていませんでした。そして今機械が下りてくる前にその機械を疑うための言葉を育てる場所が静かに細くされています。2度の作業は120年の月日を挟んで同じ手つきで進められました。
設計者は急いでいません。ゆっくり確実に人間の側の検証回路が落ちる場所を順番を見定めながら必要な作業を必要な時期に淡々と置いていきます。
人間の頭のなかには答えを受け取る力と問う力の2つの場所があります。問う力が育つ場所が細くなると答えを受け取る速度だけが早くなります。ニュースで何かが伝えられたとき、それをそのまま受け取る速度、国の方針が示されたとき、それをそのまま受け入れる速度、優しい名前の機械が里山に置かれることが報じられたときそれをそのまま納得する速度、その速度が速くなることと引き換えに立ち止まる場所、疑う場所、もう一度考え直す場所が内側で狭くなっていきます。
これは外側の制度の話ではありません。あなた自身のなかで静かに何十年もかけて進んできた現象でもあるのです。』
改めて感じたのは、問う力を奪う教育システムのことです。
もっと実践的な職業教育を行うべきだと2014年に日本の首相がパリで話していた頃に
幸福の科学大学の設置申請を一生懸命行なっていたことになります。
科学技術だけを学問とし、科学技術のの進歩だけを目的とし、お金や効率を追う世界とは別の 人文科学、人間とは何かを問い お宗教や哲学の分野を軽んじていく世界は
人間が機械に置き換えられていく世界です。
それは現にAIが戦争の作戦遂行のための支持をする現在のアメリカ軍のイラン攻撃にも見られています。
また堤未果さんに取材したこの動画にも同じ根っこにあるものを感じさせます。
遺伝子操作によって優秀な赤ちゃんを生み出す
ビジネスが実用化されている実態
不老不死を望むセレブのために用意されるもの
AI管理のもとに効率の悪い人をいきなり解雇するということで訴訟が起きているとか。
ときには体調を崩したり
メンタル面で落ち込んだりしたりして
効率よい成果を上げられない人間を
AIやロボットなどの機械に
置き換えていくシステムが
着々と進んでいるようです。
この流れで世界が進んだいるのだとしたら
ワクチンで超過死亡が増えても
重大な懸念なしとする理由は分かります。
一部の超富裕層にとっては
地球資源を食い潰す無駄な人間は
必要ないという発想になってきているように
感じます。
ここにあるのは、全て人間機械論なのです。
その機械である人間の価値を決めるのは一部のエリート層であるということです。
この効率のみを考える経済的人間に対して
思想的ワクチンとして出されたのが
人の温もりの経済学という説法でした。
堤未果さんの動画のなかで、政治家やエリートたちが不老長寿を求めて臓器移植などを考えおりそれがビジネス化されていくようなシステムができつつあることも明かされていましたが、
この人の温もりの経済学ではこのように説かれていました。
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いくら努力しようとも、最終的には、「生·老·病·死」「四苦八苦」の世界から人間は逃れることはできないので、
便利だと思う"便利さだけの経済学"では、おそらく済まないものが出てくるだろうと思います。
人間には、結局、心があるので心が働くのです。心は経済にだって働くのです。「便利であればいい」というところもありますけれども、そのあたりは忘れていけないところです。
中略
人間を機械的に見て、消費し、やがて壊れて死ぬだけの存在だというように考えるなら、「国家にとって有害な人間は除いて、有害でない者のみを残し、それをよく飼いならすことができれば成功」ということになります。
これは、よく言って"家畜"もっと低く言えば、"家畜以下の道具レベル"でしょう。さらに言えば、"ウィルスと人間に違いがない"というところまで行くのかもしれません。
今、日本も、そちらの方向に進もうとしているので、よく気をつけなければなりません。
これは、人類の進化人口が増えていく過程において、昔のように、憲政君主が一人で国を治めるといったことはできないとおもわれていましたが、それができる可能性が出てきたということです。
AIやドローンや監視カメラといったさまざまなルーツを通じて各人を把握できるようになり、それから、「ウィルスの感染ルートをつかまえなければいけないから」という言い訳により位置確認をし、スマホを持って移動してもらえば、一日どのように移動したか、すべての行動記録がつかめる世界になろうとしているのです。
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『人間を機械的に見て、消費し、やがて壊れて死ぬだけの存在だというように考えるなら、「国家にとって有害な人間は除いて、有害でない者のみを残し、それをよく飼いならすことができれば成功」ということになります。
これは、よく言って"家畜"もっと低く言えば、"家畜以下の道具レベル"でしょう。さらに言えば、"ウィルスと人間に違いがない"というところまで行くのかもしれません。』
これが今、世界の一部のエリート層や富裕層、政治的リーダーが一般国民を見ている目線かもしれません。
しかし、大川隆法先生は
人間は神の子、仏の子として
光を宿す存在としているから
尊いのだということを
教えようとしています。
その人間の本質を教える教育の場
そして新しい宗教的真理を伝える教育の場としての大学設立を2014年段階で目指しておられました。
AIによって、役に立たないと選別されていくような人間社会は作りくないのです。
人間が人間としての尊厳をもつ根拠は
人間が神仏の子であることに由来しているのだと
思います。
