54歳 お局、学生になる
授業時間が短い!?
今日から授業が始まった。
といっても、なんだか思っていた“学校っぽさ”はあまりない。授業は50分を2コマ、午前中だけでおしまい。午後は「はい、あとは自習でどうぞ」という、ちょっと突き放されたような、でも自由をぽんと渡されたような時間が広がっている。
昔のわたしが知っている学校というのは、朝から晩までぎっしりと詰め込まれていて、「はい次これ、はい次あれ」と、流されるように一日が終わる場所だった。だから最初は、このぽっかり空いた午後に、少しだけ戸惑った。
(え、これでいいの?帰っていいの?それとも何かしなきゃいけないの?)
しばらくぼんやり考えてから、ようやく気づく。
ああ、これは「自分でやる」ということなんだな、と。
誰かが用意してくれるのを待つんじゃなくて、自分で手を伸ばして、自分で拾って、自分で学んでいく。そういうスタイルに、いつのまにか切り替わっているらしい。
思い返せば、わたしが学生だった頃は、今とはまるで違う世界だった。インターネットなんてもちろんないし、無料で見られる動画も、気軽に解けるドリルも存在しない。何かを知りたければ、本屋へ行く。それがすべてだった。
本屋はちょっとした宝の山で、でも同時に、どれを選べばいいのか分からなくて、うろうろする場所でもあった。口コミといえば、人づての話くらいしかなくて、それも当たり外れが大きい。
塾やセミナーだって、「どこでやってるの?」というレベルで、情報にたどり着くこと自体がひと仕事だった気がする。今の子達からすると、昭和とか平成って。。。文明あるの?って感じなんだろうなぁ
それに比べて今はさー
ちょっと調べれば、いくらでも情報が出てくる。動画も、教材も、解説も、しかも無料のものがたくさんある。やろうと思えば、いくらでも学べる。
すごい恵まれた時代。
なんというか、すごい時代である。
便利すぎて、逆にぼーっとしていると何も手に入らないという、不思議な世界でもあるけれど。
今日の午後の空白は、そんなことを考える時間になった。
「時間がある」のではなくて、「使い方を試されている時間」なのかな?
54歳にもなると時間が有限であることをすごい意識する。
そしてマコなり社長の生産性という言葉が思い出される。
若い子達はたくさん時間あっていいなぁーと思う1日でした。
