文部科学省 私立大学のお金の方針を転換
私立大学に対する文部科学省の「積極的な資産運用」促進政策について、背景や意図を詳しく見てみます。
これは2026年7月22日に発表された、文部科学省(文科省)が私立大学(学校法人)に対し、従来の「安全性最優先」から「リスク性資産も含めた資産運用の促進・高度化」を促す通知を発出し、同時に経済産業省(経産省)と共同で『大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック』を公表しました。2009年以来約17年ぶりの方針転換として注目されています。 
1. 背景
(1)構造的な経営環境の悪化
• 私立大学の収入の約8割は学生納付金(授業料など)に依存しています。
• 少子化により、2040年頃の大学進学者数は現状比で約3割減少すると見込まれ、学納金収入の大幅減少が避けられません。
• 私立大学(約609法人)の運用対象資産は合計約10兆円規模ですが、そのうち約8割が現金預金・債券中心で、資産運用収入は全体収入のわずか約2%程度にとどまっています。 
(2)インフレ環境下での「実質価値の目減り」
• これまでの低金利・デフレ時代では「預金・債券中心」が合理的でしたが、近年のインフレ下では、名目上は安全でも実質購買力が低下し、将来の教育研究活動を支える資産価値が目減りするリスクが高まっています。
• 米国の主要大学(ハーバード大学やエール大学など)では資産運用収入が全収入の4割程度を占めるケースもあり、日本との差が顕著です。日本でも国際基督教大学のように運用収入が全収入の3割超に達している先進事例があります。
(3)過去の教訓と2009年の「慎重姿勢」
• 2008年のリーマン・ショック後、デリバティブ(金融派生商品)や仕組債などで多額の損失を出した私立大学が相次ぎました。
• これを受け、2009年1月に文科省(学校法人運営調査委員会)が「学校法人における資産運用について(意見)」を通知。元本保証のない商品については「必要性やリスクを十分に考慮し、特に慎重に取り扱うべき」と強調し、安全性重視、規程整備、理事会による監督・モニタリングを求めました。この「慎重姿勢」が約17年間続きました。
(4)政策的文脈
• 政府の「資産運用立国」政策(貯蓄から投資へ)の一環であり、2026年7月21日に閣議決定された「日本成長戦略」に大学の資産運用促進が盛り込まれたことが直接の契機です。
• 大学は非営利法人でありながら、金融資本市場の一翼を担うアセットオーナーとして位置づけられ、運用高度化が資本市場の活性化や産業・技術イノベーションにも資すると考えられています。
• 文科省・経産省共同の研究会が現状調査(学校法人609法人などのアンケート)を実施し、規程未整備、運用目標・基本ポートフォリオ未設定、専門人材不足などの課題を明らかにしました。
2. 意図(政策の目的)
主目的は私立大学の中長期的な財務基盤強化と財源多様化です。
• 質の高い教育研究を持続的に行うための安定した資金源を確保する。
• 学納金依存からの脱却を進め、寄付金拡大と並ぶ有力な財源として資産運用を位置づける。
• 各大学が自らの責任で「運用目的・目標・方針」を明確化し、適切なガバナンス・リスク管理体制を整え、株式や投資信託・ETF、さらにはオルタナティブ資産(不動産・プライベートエクイティなど)への分散投資を含め、実質リターン(インフレを考慮したリターン)を追求できるように後押しする。
• ガイドブックでは、現状・課題の整理、運用開始・高度化の基本事項、留意点、チェックリスト、取組事例集を体系的に示し、「各大学の実情に応じた」取組を促しています。強制ではなく、自主性を尊重した「促進」です。
• 同時に、令和8年度(2026年度)決算から学校法人会計における有価証券の時価情報などの注記・事業報告書記載を充実させ、透明性(「見える化」)を高める措置も講じられました。
副次的な意図として、大学資金を適切に運用することで日本全体の「資産運用立国」を進め、資本市場の厚みを増すことも含まれます。
3. 本質
この政策の本質は、「安全性偏重による機会損失を避けつつ、投機ではなく、ガバナンスとリスク管理を前提とした中長期的・責任ある運用への転換」です。
• 過去の反省を踏まえた進化:2009年通知の「安全性重視」を否定するのではなく、インフレ時代に合わせて「安全性と効率性のバランス」を再定義したものです。「運用しないこと自体がリスク(実質目減り)」という認識が核心にあります。
• フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の実践:学校法人は教育研究という受益者(学生・社会)の最善の利益を考慮して資産を運用する責任を負います。アセットオーナー・プリンシプルの受け入れも関連して推奨・検討の文脈にあります。
• ガバナンスとプロセス重視:理事会の意思決定とモニタリング、資産運用委員会の設置、専門人材(CIOや経験者)の確保、外部専門家(OCIOなど)の活用、PDCAサイクル、善管注意義務の適切な履行を重視します。損失結果そのものではなく、合理的な意思決定プロセスが問われます。
• 段階的・分散的アプローチ:いきなり高リスクを取るのではなく、余剰資金からETFなどの分散投資を始め、規模拡大(寄付金強化、共同運用)と高度化を進めることを推奨。小規模法人にも配慮した現実的な内容です。
• 大学の持続可能性の確保:人口減少社会において私立大学が生き残り、教育研究の質を維持・向上させるための「経営の自立」を促す政策的シフトです。
要するに、文科省は「リスクを取れ」と煽っているのではなく、「環境変化を正しく認識し、適切な体制のもとで長期的な資産保全・増強を図って下さい」と促しているのです。各学校法人は寄附行為や関連規程に基づき、自らの責任で判断することになります。
