普通の母親が、少し変わった子を育てている話③―1歳半健診で、「問題ない」と言われた日
1歳半健診の日のことは、
今でも、わりとはっきり覚えている。
待合室には、
同じくらいの月齢の子どもたちが集まっていて、
親の膝の上に座っていたり、
床でおもちゃを触っていたりした。
その中で、
蘭子だけが、ずっと動いていた。
立つ。
歩く、というより走る。
よじ登る。
視界に入った階段を見つけて、
違う階に行こうとする。
体が、まったく止まらなかった。
私は、
周りの子たちと比べて、
あまりにも行動量が違うことが、
どうしても気になっていた。
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名前を呼ばれて、
診察室に入る。
すると、
蘭子は私の膝の上に座った。
さっきまでの様子が、
嘘みたいだった。
保健師さんは、
机の上にいくつかのカードを並べた。
赤い丸。
青い三角。
黄色い星。
「赤い丸はどれかな」
そう言われると、
蘭子は迷わず、そのカードを指さした。
今度は、
小さなボールを差し出される。
「これ、持ってきてくれる?」
一度こちらを見てから、
ボールを手に取って、
静かに歩いて戻ってくる。
走らない。
よじ登らない。
階段にも向かわない。
健診の間、
蘭子は終始落ち着いていて、
指示を淡々とこなしていた。
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いくつか質問をされた。
話せる言葉はどれくらいあるか。
指示は通るか。
簡単なやりとりはできるか。
数えてみると、
言葉は100語以上あった。
一般的には10語前後?
はるかに超えていた。
会話も成立していた。
「これ持ってきて」
「こっちに座って」
そう言えば、
ちゃんと分かって動く。
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健診が終わってから、
私は思い切って保健師さんに相談した。
待合室での様子のこと。
外に出ると、
とにかく動き続けてしまうこと。
「動きが多すぎる気がして…」
そう話すと、
保健師さんは少し考えてから、
はっきりした口調で言った。
「すごく理解できていますね。
言葉も行動も、
問題ないレベルです。
とても賢い子だと思いますよ」
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問題なし。
その言葉を聞いて、
安心していいはずだった。
事実、
目の前で見た蘭子は、
落ち着いていて、
多動と呼ばれるような様子は、
いっさいなかった。
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それでも、
胸の奥に残ったものは、
きれいには消えなかった。
待合室で見ていた姿と、
この部屋で見ていた姿。
どちらも同じ子なのに、
同じようには見えなかった。
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言葉は足りている。
理解もできている。
でも、
体は止まらない。
止まれる場面と、
止まれない場面がある。
私は、
その切り替えを、
まだうまく説明できなかった。
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帰り道、
ベビーカーを押しながら、
考えていた。
この子は、
何にそんなに反応しているんだろう。
何が見えていて、
何を感じているんだろう。
「問題ない」という言葉と、
私が毎日見ている姿は、
どうしても、
きれいには重ならなかった。
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今思えば、
あのときの私は、
答えが欲しかったわけじゃない。
ただ、
この違和感を、
気にしなくて本当にいいのかどうか。
それを、
確かめたかっただけだった。
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