母と食べたい、香川県の「しょうゆ豆」
今年90歳になる母は、夏でも食欲が衰えません。生協のお取り寄せで全国各地のおいしいものを楽しみ、「これ、おいしかったわよ」と教えてくれます。
食べることへのこだわりが強いせいか、お土産を持って行っても、口に合わなければ遠慮なしです。
「これは、もういいわ」と、却下されたら2回目はありません。
そんな母が、「あれが食べたい」と毎回リクエストする四国の名物があります。
それは、香川県の「しょうゆ豆」です。

甘じょっぱい味がしみ込んだそら豆で、私も四国へ移り住むまで知りませんでした。最初は松山空港で見つけて何気なく買ったのですが、母が「これ、おいしい!」と何度も言うので、気づけば私まで好きになっていました。
今では「何か送ってほしいものある?」と聞くたびに、返ってくる答えは決まっています。
「しょうゆ豆、お願いね」
母の好物は、昔から私の好物でもありました。
とうもろこしの粉で作るトルティーヤ。甘く煮えた玉ねぎがおいしい煮込みハンバーグ。にんにくの効いた牛肉のスープは、何度もおかわりしました。ニラいっぱいの焼き餃子には、真っ赤なラー油を惜しみなくつけて。薬味好きな母の影響で、私も子どもの頃からたっぷり使うようになり、今も食卓には欠かせません。
手料理だけではありません。鈴廣のかまぼこや、崎陽軒のシウマイ弁当も、母といっしょに食べてから好きになりました。こちら四国では手に入らないものの、今でも私の「食べたいものリスト」に残っています。
思い返せば、子どもの頃の私は、厳しかった母を笑顔にしたくて「おいしいね。私もこれ好き」と言っていたのかもしれません。
でも、不思議なものです。
そう言いながら何度も食べているうちに、どれも本当に好きな味になっていました。

しょうゆ豆の漬け汁は、醤油と砂糖の濃いめの味で、なめてみるとみたらし団子のたれにも少し似ています。メーカーによって味が違い、母と私のお気に入りは大西食品さんのしょうゆ豆です。
今はAmazonでも買えますが、私は地元のお土産屋さんまで足を運び、ほかのおいしそうなものも箱へ詰めて送ります。ついでに、自宅用にも何袋か買って帰るのも楽しい。
荷物が届くと、母からすぐ電話がかかってきます。
「もう開けて食べたわ」
その弾んだ声を聞くだけで、送ってよかったと思えるのでした。

ほろほろと砕けるしょうゆ豆を一粒ずつ味わっていると、母の顔が浮かびます。
「これ、とまらなくなるわね」
そんな声まで聞こえてくる気がします。
実家を離れて35年。母の手料理を食べる機会はすっかり減りました。
それでも、この年齢になって母と同じ「好き」を新しく増やせたことが、なんだかうれしいのです。
好きな味でつながる母と私。
しょうゆ豆は、母を近くに感じさせてくれる味のひとつになりました。
