【実家解体】夫が惚れたオッチャン建築士
築45年の夫の実家を解体し、建て直すことになったのは、今から4年ほど前のことです。住宅展示場をめぐり、見積もりを取り、営業マンの説明を聞く…そんな週末が続き、気づけば毎週ぐったり。
そんなある日、夫が思い出したように言ったのです。「夕方のラジオで住宅相談やってる建築事務所、気になるんよ」。話が面白くてわかりやすい、と。半信半疑ながら、私も興味本位でついていくことにしました。
予約をして訪れた事務所は、元コンビニのような外観。通されたのは、白い壁に大きなモニターが掛けられたシンプルな部屋でした。そこで出迎えてくれたのは、60代の建築士兼社長、お腹まわり太めの“オッチャン”です。
「どんな家にしたいですか?」
そう聞かれ、夫が事前に調べてきた土地の広さや要望を、次々と投げかけます。それに対してオッチャンは、驚くほどのテンポでポンポン答えていきます。専門用語には必ず短い解説がつき、素人でもすっと理解できる。いつのまにか私たちはぐいぐい引き込まれていました。
夫の希望は、「1階を駐車場にしたい」というもの。その実現に必要な建築法の話をまじえながら、過去の施工例や「そりゃ難儀しましたわ」という裏話まで披露してくれます。これがまた、絶妙に面白いのです。
不思議なことに、テーブルには図面もパンフレットもいっさい出てきません。ただ話を聞いているだけなのに、頭の中にはもくもくと家のイメージが立ち上がっていく。目に見えないからこそ、自由に想像できたのかもしれません。
話に夢中になるうちに、「その家、見てみたいですね」と思わず口にしていました。「ここから車で15分くらいですよ」と場所だけ教えてくれるオッチャン。案内してくれるわけでもなく、「行きたければどうぞ」という、なんともあっさりしたスタンスです。
事務所を出るなり、夫は言いました。「あのオッチャン、オモロイで」。そして、何度も繰り返します。夫は人を好きになるのが早いのです。よほどでない限り「ええ人や」と第一印象で決めてしまうタイプ。その足で、教えられた現場へ向かいました。
路面電車の線路沿いに建っていたのは、1階が駐車場のコンパクトな3階建て。「こうなるんやなあ」と、夫は満足そうに他人の家をながめています。その横顔は、完全に心をつかまれていました。
案の定、翌週も予約を入れ、打ち合わせは続行。仮図面までは無料ということで、そのままお願いすることに。
何度か通ううちに、オッチャンの“口ぐせ”にも気づきます。
「ケンカせんといけませんわ」
義父が土地を購入した不動産会社がすでに倒産していたり、市役所とのやり取りで想定外の問題が出てきたり。そのたびに、このひとことが飛び出します。あまりに頻繁なので、同行した義姉と「今日は何回言うやろ」と数えたこともありました。1時間半で11回。わが家でも、この口ぐせが流行したのを覚えています。
いっぽうでオッチャン、実はかなりのデジタル派。完成した図面は専用ソフトで3D化され、モニターに映し出されます。家の中を歩くように疑似体験ができるのです。
「階段の入り口、もう少し左にできますか?」
夫がそう言うと、その場でオッチャンがポチポチっと図面を修正。数秒後には“変更後の家”が目の前に現れます。ビフォーアフターを見くらべながら検討できるので、完成後のイメージが驚くほど具体的になります。
さらに、打ち合わせ後のやり取りは専用チャットで管理。修正履歴もすべて残り、いつでもさかのぼれる安心感があります。事務員さんを介さず、オッチャン本人が直接答えてくれるのも大きな信頼につながりました。
気づけば、契約書にサインするまで時間はかかりませんでした。
いよいよ着工が決まり、騒音や防音対策、ご近所への挨拶などの説明を受けます。そんな中、夫が笑いながら言ったのは…
「隣から苦情きたら、ケンカせんといけませんね」
ついに、オッチャンの決め台詞を先取りしてしまったのです。
それを聞いたオッチャンは、「ご心配なく」と、にっこりうなずくだけ。なぜか満足そうな夫。…これはもう、オッチャンの圧勝です。
今思えば、初回の相談では、あの壁のモニターもパソコンも一度も使われませんでした。あれは、頭の中で家を描くための時間だったのだと思います。
オッチャン建築士は、私たちの頭に浮かんだ家を現実のものにしてくれました。つねに依頼主ファーストでじっくり耳を傾けながら、知識と技を総動員して。
設計を依頼してから1年後、夫の実家は無事に完成。
1階は、希望どおりの駐車場になっています。
