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[206]【短期集中連載第2回】正規分布の積分を解き明かす~直接計算できない積分との格闘~

前回、私たちは正規分布の係数 $${\displaystyle \frac1{\sqrt{2\pi}}}$$ の秘密を探る旅に出ました。

標準正規分布 : $${\displaystyle f(x) = C e^{-\frac{x^2}{2}}}$$

全確率が $${1}$$ になるための条件 : $${\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} C e^{-\frac{x^2}{2}} dx = 1}$$

係数を求めるために計算すべき積分 : $${\displaystyle I = \int_{-\infty}^{\infty} e^{-\frac{x^2}{2}} dx}$$

そして、この積分が高校数学の通常の手法では計算できないことがわかりました。

今回は、なぜこの積分が難しいのかをもっと深く理解し、ガウスの革命的なアイデアの準備をしていきます。

高校数学での積分 : 基本の確認

まず、高校で習った積分を復習してみましょう。

基本的な積分公式

$${\displaystyle \int x^n dx = \frac{x^{n+1}}{n+1} + C \quad (n \neq -1)}$$

$${\displaystyle \int e^{ax} dx = \frac{1}{a} e^{ax} + C}$$

$${\displaystyle \int \sin x dx = -\cos x + C}$$

$${\displaystyle \int \cos x dx = \sin x + C}$$

置換積分

合成関数の積分では、置換積分を使います。

$${\displaystyle \int f(g(x)) g'(x) dx = \int f(u) du \quad (u = g(x))}$$

例 : $${e^{3x}}$$ の積分

$${u = 3x}$$ とおくと $${du = 3dx}$$、つまり $${\displaystyle dx = \frac{1}{3}du}$$ となるので、

$${\displaystyle \int e^{3x} dx = \int e^u \times \frac{1}{3} du = \frac{1}{3} e^u + C = \frac{1}{3} e^{3x} + C}$$

部分積分

$${2}$$ つの関数の積の積分では、部分積分を使います。

$${\displaystyle \int u dv = uv - \int v du}$$

この書き方よりも、教科書で扱ったときの標記の方が分かりやすいかも知れませんね。教科書では、積の微分の公式 $${f(x) = u(x)v(x)}$$ のとき $${f'(x) = u'(x)v(x)+u(x)v'(x)}$$ を積分することで $${\displaystyle \int u'(x)v(x) dx = u(x)v(x) - \int u(x)v'(x) dx}$$ としていました。

例 : $${x e^x}$$ の積分

$${\displaystyle \int x e^x dx = \int x \times (e^x)' dx = xe^x - \int (x)' \times e^x dx = xe^x - \int e^xdx = xe^x - e^x + C}$$

でした。

なぜ今回の I は特別なのか

置換積分を試してみる

$${\displaystyle I = \int_{-\infty}^{\infty} e^{-\frac{x^2}2} dx}$$ で、置換積分を試してみましょう。

試行 1 : $${\displaystyle u = \frac{x^2}2}$$ とおくと、$${du = x dx}$$

でも、被積分関数 $${\displaystyle e^{-\frac{x^2}2}}$$ には $${x}$$ が含まれていません。したがって、$${dx}$$ を $${du}$$ で表すことができません。

試行 2 : $${u = x}$$ とおく (意味はないことは分かると思いますが) $${du = dx}$$

これでは何も変わりません。

試行 3 : $${\displaystyle u = -\frac{x^2}2}$$ とおく
$${du = -x dx}$$

やはり、$${dx}$$ を $${du}$$ で適切に表現できません。

部分積分を試してみる

$${\displaystyle\int e^{-\frac{x^2}2}dx = \int e^{-\frac{x^2}2} \times (x)' dx}$$

としてみると、

$${\displaystyle\int = e^{-\frac{x^2}2} \times x - \int \left(e^{-\frac{x^2}2}\right)' \times x dx}$$

$${\displaystyle\int = xe^{-\frac{x^2}2} + \int x^2e^{-\frac{x^2}2} dx}$$

となり・・・元の積分より複雑になってしまいました!

「初等関数で表せない」ということ

実は、$${e^{-x^2}}$$ 型の積分は、高校で習う関数 (多項式、三角関数、指数・対数関数とその組み合わせ) では表現できないことが数学的に証明されています。

これを「初等関数では表せない」と言います。

例えば

  • $${e^x, \sin x, \ln x, x^{\frac12}}$$ などは初等関数

  • $${e^x + \sin x, x \ln x, e^{\sin x}}$$ なども初等関数

  • でも $${e^{-x^2}}$$ の不定積分は初等関数では表せない

これは、この積分が「計算できない」という意味ではありません。数値的には計算できますし、無限級数で表現することもできます。ただ、高校数学の範囲の関数では「きれいな形」で表せないということです。

数学史 : この積分への挑戦

17-18 世紀 : 最初の挑戦者たち

ヤコブ・ベルヌーイ (Jakob Bernoulli) は、確率論の研究において $${e^{-x^2}}$$ 型の積分の必要性を感じていました。

レオンハルト・オイラー (Leonhard Euler) は、その驚異的な計算力でこの積分に挑みましたが、直接的な方法では解けませんでした。

ド・モアブルとスターリングの近似

アブラーム・ド・モアブル (Abraham de Moivre) は、二項分布の近似として正規分布を研究し、この積分の重要性を認識していました。

ジェームズ・スターリング (James Stirling) は、階乗の近似公式 (スターリングの公式) の研究で、関連する積分を扱いました。

ラプラスの動機

ピエール=シモン・ラプラス (Pierre-Simon Laplace) は、確率論と天文学の研究で、この積分を頻繁に使う必要がありました。

観測誤差の分布、測定の不確実性...現実の問題を数学で扱うためには、どうしても $${e^{-x^2}}$$ 型の積分を計算する必要があったのです。

ガウスの登場とブレイクスルー

カール・フリードリヒ・ガウス (Johann Carl Friedrich Gauß) 

$${1809}$$ 年、ガウスは『天体運動論』という著作で、この積分を解く革命的な方法を発表しました。

ガウスの天才性は、「解けない問題を、解ける問題に変換する」発想にありました。

発想の転換 : I² を計算する

ガウスの基本アイデア

「I を直接求めるのは困難。でも I² なら計算できるかもしれない」

$${\displaystyle I = \int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2} dx}$$

とすると、

$${\displaystyle I^2 = \left(\int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2} dx\right)^2}$$

ここで変数を書き換えてみると、

$${\displaystyle I^2 = \left(\int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2} dx\right) \times \left(\int_{-\infty}^{\infty} e^{-y^2} dy\right)}$$

この式変形は、次のような理由で成り立ちます。

$${\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2} dx = \int_{-\infty}^{\infty} e^{-y^2} dy}$$

積分変数の名前を変えても、積分の値は変わらないからです。

もし納得がいかないのであれば、 $${x=y}$$ という置換積分をしている、と理解すれば問題ないでしょう。

1 次元から 2 次元への拡張

ここからが、ガウスの真に革命的なアイデアです。ここから先は高校数学の範囲を超えてしまうのですが、まあ成り立ちそうだよね、なんとなくそういうもの、という理解でついてきてください。

$${2}$$ つの $${1}$$ 次元積分の積を、1 つの 2 次元積分として解釈します。

$${\displaystyle I^2 = \int_{-\infty}^{\infty} \int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2} e^{-y^2} dx dy}$$

とできます。

更に指数法則により、$${e^{-x^2} \times e^{-y^2} = e^{-x^2 - y^2} = e^{-(x^2 + y^2)}}$$

となるので、

$${\displaystyle I^2 = \int_{-\infty}^{\infty} \int_{-\infty}^{\infty} e^{-(x^2 + y^2)} dx dy}$$

なぜこれが有効なのか?

今のところ、積分の範囲は $${-\infty \le x \le \infty}$$、$${-\infty \le y \le \infty}$$、つまり $${xy}$$ 平面全体、という範囲になっています。

ですが、$${x^2+y^2}$$ という形が出てきているので、これを上手いこと使うことを考えます。具体的に言うと、極座標変換という技法を使います。直交座標 $${(x, y)}$$ から極座標 $${(r, \theta)}$$ への変換です。

$${x = r \cos \theta}$$
$${y = r \sin \theta}$$

このように変換すると、$${x^2 + y^2 = r^2}$$ となることから、複雑に見えた $${2}$$ 次元積分が、計算可能になるのです。

次回への架け橋

今回は、なぜ $${e^{-\frac{x^2}2}}$$ の積分が困難なのかを深く理解し、ガウスの革命的な発想——「$${1}$$ 次元を $${2}$$ 次元で計算する」——の入り口に立ちました。

次回は、以下のポイントを詳しく解説します。

  1. 2 重積分とは何か : 高校数学からの自然な拡張として

  2. なぜ I² が 2 重積分になるのか : 数学的な厳密性を保ちつつ直感的に

  3. 円対称性の活用 : $${x^2 + y^2}$$ の幾何学的意味

高校数学で学んだ積分を、平面全体に拡張する——この美しい概念の展開にご期待ください。

数学の醍醐味は、行き詰まったときに全く新しい視点から問題を見直すことにあります。ガウスのこの発想は、まさにその典型例なのです。

続く

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