見出し画像

[330]建築と数学~パルテノン神殿からサグラダ・ファミリアまで~

建築は数学の応用ではありません。建築と数学は、何千年もの間、互いを刺激しながら共に発展してきました。

美しい建物を作ろうとすると数学が必要になり、数学の問いを追いかけると建築的な発想が生まれる。この循環が、人類の最も美しい建造物のいくつかを生み出してきました。

古代ギリシャ : 黄金比とパルテノン神殿

紀元前 $${447}$$ 年に建設が始まったアテネのパルテノン神殿は、黄金比 ([077]黄金比について~美と数学の永遠の謎~参照) を意識した設計の典型例としてよく挙げられます。

正面の幅と高さの比、柱の間隔と高さの比などに黄金比 $${\phi \approx 1.618}$$ が現れると言われています。ただし研究者によって「黄金比の意図的な使用があった」という見方と「後付けの解釈に過ぎない」という見方の両方があり、論争が続いています。

ギリシャ建築で数学的に明確なのは「エンタシス (entasis)」です。パルテノンの円柱は完全な円筒ではなく、中央部がわずかに膨らんでいます。まっすぐな柱は視覚的に中央がくびれて見えるため、それを補正するために意図的に膨らませたのです。

光学的錯覚を幾何学で補正するという発想は、数学的思考の建築への応用の好例です。

イスラム建築 : 群論と幾何学模様

イスラム建築の内装を飾るタイルの幾何学模様は、数学的に非常に深い内容を持っています。

平面の「壁紙群 (wallpaper group)」、平面を繰り返しのタイリングで埋め尽くす対称性のパターンは、数学的に $${17}$$ 種類しか存在しないことが証明されています (群論の定理)。

イスラム建築 (アルハンブラ宮殿など) のタイルパターンを分類すると、この $${17}$$ 種類のうちの多くをカバーしていることが分かっています。$${14}$$ 世紀のイスラムの職人たちが、近代的な群論の言語なしに、$${17}$$ 種類の壁紙群をほぼ直感的に発見していたのです。

スペインのアルハンブラ宮殿を訪れたエッシャー (M. C. Escher) は、そのタイルパターンから着想を得て、あの「変容するタイリング」作品群を生み出しました。

ゴシック建築 : 力学と数学の融合

中世ヨーロッパのゴシック大聖堂(ケルン大聖堂・ノートルダム大聖堂など)は、「できるだけ高く、できるだけ窓を大きく」という要求から生まれた、力学と数学の産物です。

石造建築の壁は重力に対しては強いですが、横からの力 (風圧・アーチの水平推力) に弱いという問題があります。この横への推力を外側で受け止めるために考案されたのが「フライングバットレス (飛び梁)」です。

アーチにかかる力は、アーチの形状によって決まります。半円アーチでは水平推力が大きく、壁を厚くしなければなりません。これに対し先端が尖った「尖頭アーチ (ポインテッドアーチ)」は水平推力が小さく、より薄い壁と大きな窓を可能にします。

力のベクトル分解という数学が、建築のデザインを根本的に変えたのです。

ルネサンス : ドームとカテナリー曲線

$${1436}$$ 年に完成したフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームは、ブルネレスキ (Filippo Brunelleschi) による驚異の技術的成果です。

直径 $${44}$$ メートルのドームを、補助的な木枠を使わずに建設しました。その秘密は「ヘリンボーン積み」と呼ばれる煉瓦の配置パターンにあります。水平に積むだけでなく、斜めに交互に配置することで、完成前のドームが自重で崩れないようにしたのです。

この方法の数学的根拠は、力が特定の方向に伝わる「フープ張力」の制御にあります。

ガウディ : カテナリー曲線と逆さ吊りの発想

スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア (聖家族贖罪教会) は、アントニ・ガウディ (Antoni Gaudí) が設計した建物で、$${1882}$$ 年着工・未完のまま現在も建設が続いています。

ガウディの天才的な発想は「逆さ吊り模型」です。

鎖を両端から吊るすと、自重によって垂れ下がる曲線 (カテナリー曲線) を描きます。これを逆さにすると、完全に「圧縮力だけ」で成り立つアーチになります (引っ張りも曲げもない)。石や煉瓦は圧縮に強く引っ張りに弱いため、これが構造的に最適なアーチ形状です。

カテナリー曲線は双曲線余弦関数で表されます。

$${\displaystyle y = a \cosh\left(\frac{x}{a}\right) = \frac{a}{2}\left(e^{\frac{x}a} + e^{-\frac{x}a}\right)}$$

ガウディはこの曲線を無数に組み合わせた逆さ吊り模型を作り、糸におもりをつけて構造をシミュレートしました。コンピュータのない時代に、物理モデルで複雑な力学計算を行ったのです。

サグラダ・ファミリアのあの曲線的な柱や天井は、カテナリー曲線の数学から生まれています。

現代建築 : フラクタルとコンピュータ援用設計

フランク・ゲーリー (Frank Gehry) 設計のビルバオ・グッゲンハイム美術館 ($${1997}$$ 年) のような複雑な曲面建築は、コンピュータなしには設計も施工も不可能です。

現代の建築設計では「パラメトリックデザイン」と呼ばれる手法が広まっています。形状をパラメータ (数値) で定義し、コンピュータが最適な構造を計算するというものです。

また、ズームインしても同じ構造が現れる「フラクタル」の発想 ([135]フラクタル~無限に続く自己相似の美しき世界~参照) も建築に取り込まれています。大きなスケールの構造と小さなスケールの装飾が自己相似的な関係を持つ建築は、視覚的に豊かな印象を与えます。

数学は建築を制約するのではなく、建築を可能にします。「これが美しい」という直感を、形にするための言語が数学なのです。

いいなと思ったら応援しよう!