「光の98%が消える装置を、なぜ1台3,000億円で買うのか──EUVの物理とASML」
📝 更新履歴
2026/03/31:2025年通期決算・High-NA EUV実戦投入・対中輸出規制の最新動向を反映し、大幅追記リライトしました。有料位置も変更し、2章(EUVの物理)まで無料公開に拡大しています。購入済みの方はそのまま最新版をお読みいただけます。
Tech × 物理 × 投資 ──
現役ハードウェアエンジニア/物性物理学系院卒の
EUV投資解説
半導体は微細化するほど1Trあたりコストは下がり、そして性能は上がる。つまり微細化はトレードオフではなく、メリットばかりであるから微細化を推し進めることは必然だ。
2026年現在、TSMCの2nm世代はすでに量産が始まり、2026年の生産枠は全量予約済みだ。
日本のRapidusも2nm GAAトランジスタの試作に成功し、2027年の量産を目指して開発を加速させている。
ではここであなたに問いたい。
EUV光の波長がなぜ「13.5nm」なのか、
答えられるだろうか。
なぜASML以外にEUV装置を作れる企業が存在しないのか、物理的な理由を説明できるだろうか。
もし答えに詰まるならば、本記事はあなたのために書いたといっても過言ではない。
半導体の微細化に必須であるEUV技術に関して、基礎物理や技術ワードの意味を非技術者にもわかるように解説する。
技術の原理を理解することは、
各社の参入障壁や投資判断の妥当性を研究する際に、あなたにクリアな視点を与えてくれるだろう。
1. 193nmArFからの進化──波長が支配する微細化の物理
半導体の回路パターンは「光」で描かれる。そしてその光の「波長」こそが、どこまで細かいパターンを描けるかを物理的に決定づける。
本章ではまず、光の波長・回折・屈折率といった基礎物理を押さえ、EUV登場以前に業界がどのような手法で微細化の壁を乗り越えてきたかを追う。
ここを理解すれば、EUVがなぜ「ゲームチェンジャー」と呼ばれるのか、その必然性が見えてくるだろう。
1-1. 波長とエネルギー、そして回折──微細化を支配する物理法則
光は波だ。
というと非技術者であればピンとこないかもしれない。
波と言うからには山と谷があるが、ある山から次の山までの長さを波長という。
ところで、下図のように波長が短いものと波長が長いものを考えた際に、どちらのほうが活発で元気な波だと思うだろうか。

答えは波長が短いものである。短い波長の光は素早く振動していて活発であり、エネルギーが高いのだ。
夏の紫外線であなたの肌がダメージを受けるのは、波長が短くエネルギーの高い光が肌を攻撃するからである。
このエネルギーの話は後の章で重要になるので覚えておいて頂きたい。

では次に、下図のように光が小さい穴を通過する際、波長が長いものと短いものはどちらが通過しやすいだろうか。

こちらも答えは波長の短い光である。
波長が短い光(短い=小さいというイメージで良いだろう)は小さい穴をなんなく通り抜けるが、
波長の長い光は通り抜けるときには光は広がってしまう。
(物理学的には間違っているが、穴に引っかかって通り抜けた時には光が広がってしまうようなイメージをするとわかりやすいだろう)
この現象を回折と呼びフォトリソグラフィで描ける配線幅の最小値を決める。

1-2. ArFレーザーと液浸技術──屈折率で波長を「短縮」する裏技
どれだけ細かなパターンを描けるかは下記のような式で表される。

この式のように光の波長が短い方がより細かなパターンを描ける。
太いペンで線を書く時をイメージしてほしい。ペン先の幅より狭い線はかけないのと同じで、光の波長が長いと、描ける最小パターンも太くなってしまうのは想像に難くない。

このように波長の短さは半導体の微細化に直結し、波長が短ければ短いほど微細なパターンを描けるのだ。
EUVが登場するまで微細半導体プロセスで用いられていた光の波長は193nmであり、ArFレーザーと呼ばれるAr:アルゴン/F: フッ素化合物 を用いて作られる光であった。
ArFレーザーで作ることができた最小線幅はせいぜい80nm~90nm程度であり、半導体の世代で言うと90nm~65nm世代で用いられてきた。
だが、波長はそのままでもさらに最小線幅dを小さくする方法がある。それは、NA:開口数を大きくすることである。
開口数というのは光を集める力と言い換えてしまって差し支えない。光をうまく集められるとdは小さくできるのであるが、ここでのポイントは屈折率nである。
屈折率は「光の進みにくさ」を表す値で、この屈折率が高いほど光がすすむスピードが遅くなる。
では屈折率が高い物質を光が進む際に、光はどのように変化するだろうか。
屈折率が高い物質中では光が進みにくいが、上下の振動は先ほどと同じように行えるので、左右に圧縮されたような波形になる。

これはつまり波長が短くなっているのと同じである
ことにお気づき頂けただろうか。
屈折率が高い物質を挟むことで波長を短くできる裏技的テクニックであるのだ。

この現象を用いたのが液浸ArFという技術である。空気の屈折率は1.0だが、我々に身近で安全な「水」は屈折率が1.44と空気より高い。
液浸とはその名の通り液=水をレンズとSiの間に挟むことで、実効的な波長を短くし、さらに細かいパターニングをする技術である。この液浸ArFによって45nm~32nm世代までの微細化を行ってきた。
1-3. マルチパターニング──物理の壁に対する「力技」
これ以上の微細化に関しては、(EUVというゲームチェンジャーが現れるまでは)非常に泥臭く、職人技的方法で進められる。
方法としては大きく2種類ある。
①Pitch Split型/②Spacer型だ。
Pitchとは配線の幅や配線間の間隔のことであり、"Split"つまりそれを分ける技法が①である。
例えば20nmの配線幅のパターンを作りたいが、今までの方法では作れないほどの細かいパターンであるとする。

その際、40nmパターンの配線をずらして2度パターニングすれば20nmになる、という力技である。

この考え方で2度のLitho→Etch→Litho→Etchを行う方法をLELEという。

ここで露光/エッチング回数が倍に増えていることと、必要マスク数も倍になっていることは押さえておかなくてはならない。
なぜなら、半導体の作成コストは、工程数と作成マスク数に大きく依存するからだ。
また力技であるが故に繊細さも求められるのは想像できるだろう。うまい具合に狙った位置にパターニングしなければ、配線間の距離が変わってしまうので、パターンを精密に合わせるノウハウが求められる。
次に②Spacer型だが、"space"つまり間隔を利用する。下記にフローを示す。

ポイントは膜2のパターンに対して等法的に膜4をつけるところである。この工程にはよくALD(Atomic Layer Deposition)という製膜手法が用いられる。
この製膜手法は狙った物質の上に、1原子層ずつ製膜ができる方法で、下の例で膜4は、「膜2の表面」or「膜4自身の表面」に吸着する物質である。
この方法で膜2の目印に対して、等法的に吸着を繰り返す。その膜の"space"を利用して、より細かいパターニングを実現するのである。
このフローはSADP(Self-Aligned Double Patterning)と呼ばれその名の通り、我々が職人技的にパターンを精密に合わせなくても、膜4は自分で狙ったところに吸着し"Self-Aligned"するのである。
このように②Spacer型では①Pitch split型と比べて製造ばらつきに強く、製造ミスが少ない(歩留まりが良い)スマートな方法である。
①/②の手法を何回繰り返すか、で様々な呼び名があるが(①を3回繰り返すものはLELELE、
②を2回繰り返すものはSAQP: Self-Aligned Quadrable Patterning)、これらの手法を用いて、7nm世代まではEUVなしで微細化を成し遂げてきた。
コストの観点ではLELEとSADPが同等、LELELEとSAQPが同等との算出があるが、微細化に関しては②Spacer型が有利であるという報告には素直に理解できる。
ここまでで、あなたは193nm ArFの世界でマルチパターニングという力技がいかにコストと工程数を膨張させるかを理解した。
つまり──証券レポートに「マルチパターニングで対応可能」と書かれていたら、その分析がどれだけのコスト増を無視しているかを見抜けるようになった。
だがこの先には、コストどころの話ではない物理の壁がある。EUVの波長が「13.5nm」であること──
この数字の必然性を知らない投資家は、ASMLのMoatが「物理法則レベル」であるという意味を永遠に理解できない。
2. EUV光源と波長──なぜ「13.5nm」でなければならないのか
前章までの知識があれば、「波長を短くすればもっと微細化できる」という話は直感的に理解できるだろう。
だが、EUVの波長が13.5nmであることは単なる「短くした結果」ではない。
そこには超短波長光と物質の相互作用、そしてミラー材料科学の制約から導かれた、物理的な必然がある。
本章ではこの「なぜ13.5nmなのか」という問いに、原理から答える。この理解が、次章でASMLの参入障壁を評価する際の土台となる。
2-1. 超短波長の「呪い」──すべてを吸収する光
前章のように、EUVの登場まではArFレーザーをベースに涙ぐましい努力で微細化を進めてきた。しかし、さらなる微細化には超短波長13.5nmの波長を有するEUV光源を用いる。
まず、"なぜ13.5nm波長なのか"について述べなければならない。
前章で短波長の方がエネルギーが高いと述べた。
ではエネルギーが高い短波長光と、低い長波長光はどちらのほうが物質(固体)に吸収されやすいだろうか。
答えは短波長光だ。光の吸収は下記のような状態の遷移で説明される。縦軸はエネルギーで、状態Bのほうが状態Aよりエネルギーが高いとする。
状態Aにいる電子に短波長の(エネルギーの高い)光が照射されたとき、電子はそのエネルギーを得て状態Bに変化する。
だがエネルギーの低い光が照射されても、「そんなに小さなエネルギーでは状態Bになれないよ。」と言わんばかりに吸収できずに透過される。

このようなイメージをもって、EUVという超短波長の話に戻ると、EUV光はエネルギーが高すぎるが故に、ほとんど全ての物質に吸収されてしまうという性質があるのだ。
この事実を知ったあなたは、ひとつ強力な判断力を手に入れた。
もし「中国企業がEUV用の新型レンズを開発」というニュースを見たとき──一瞬で「それは物理的に不可能だ」と判断できる。
EUVでは透過できるレンズは原理的に存在しない。この知識がない投資家は、そのニュースで動揺する。あなたはもう動揺しない。
だがレンズが使えないなら、光をどう制御するのか? この先に、ASMLのMoatの核心がある。
2-2. レンズが消え、反射の壁にぶつかる──EUV域での屈折率
では、すべての物質に吸収されてしまうとどのような事態になるだろうか。
今までのArFレーザー等の光学系ではEUVと比べると波長は長いので、透過させ光を集めることのできる「レンズ」が存在した。
しかし、EUVほどの短波長では透過可能な「レンズ」が存在せず、光学系作成が非常に困難になるのだ。透過ができないならば反射を使って光学系を組むしかなく、EUVを効率よく反射させる「ミラー」が必要となる。
とはいえ、反射をするのも難しく、単一の材料だけで反射させると非常に効率が悪くなってしまう。これを理解するために屈折率について説明しよう。屈折率は下記で表される。

実部が1に近いほど、光は屈折されなくなり、虚部が大きいほど、光は吸収されやすくなることを示す。虚部のβは先ほどから説明してきた通りEUVのような短波長では非常に大きくなる。
ここで理解すべきは実部だ。δは電子が光の振動にどれだけ追従できるかを示す値で、この値が大きいと実部は1から離れる、つまり屈折しやすくなる。
では電子が光に追従しやすいのはどういう時だろうか。
それは光がゆっくり振動している時、つまり長波長の時である。

電子が光に追従できるほど、光と相互作用することができ、光を屈折させることができるというイメージだ。
逆に短波長では電子にとって振動は早すぎるので追従できず、δは非常に小さな値となり屈折しにくくなる。
このような理解をもって、反射という現象を理解しよう。
反射は二つの異なる物質の境界面でおきる。例えば反射しやすそうなイメージのある銀での反射を考えてみる。二つの異なる物質の境界面とはどこか、それは空気と銀の境界面である。
空気の屈折率はほぼ1に近く、銀の屈折率は可視光域では0.1~0.2程度である。反射は屈折率の大きく異なる物質の境界面ほど顕著に起こるので、屈折率が一桁も違う物質の境界面では反射しやすいというわけだ。
2-3. Mo/Si多層膜ミラー──「なぜ13.5nmなのか」への回答
ところが、EUVでは一筋縄では反射できない。EUV域での銀のδは0.05程度しかなく、屈折率の実部は0.95程度と非常に1に近い値となる。
このような空気とほとんど変わらないような屈折率では反射の効率は非常に悪いのである。
ではEUVの反射はどのように行うのだろうか。下記にEUVで用いられるMo/Si多層膜ミラーのイメージ図を示す。

屈折率の高いMo(モリブデン)と低いSiを用いるのだが、13.5nm波長でのMoのδは0.07程度、Siのδは0.001程度でδに1桁以上の差はあるものの、屈折率の実部でみると0.93(Mo)と0.999(Si)とどちらも1に近い。
これでは単一の境界面での反射率は0.15%程度しかなくミラーとしては全く使えない。
ここで、上図のように境界面を複数用意し反射率をあげようというものが多層膜ミラーである。

ただしやみくもに積層させるわけではなく、反射される光が強め合う条件を考えて設計される。下記のブラッグの反射式という式に従って反射された光同士が強め合うように作られるのだ。

13.5nmの波長ではMo/Siの周期長さdは6.5~7.0nm程度になり、7.0nm程度の2連続層を複数積層される。
膜厚精度の向上や境界面の凹凸の最小化等、たゆまぬ研究開発の結果、現在の最大反射率は脅威の70%となっている。
Mo/Si以外にも多層膜の組み合わせはもちろん多く研究されてきたが、製膜のしやすさや安定性等、実用性の観点と反射率の観点のバランスが最も良い組み合わせがMo/Siだったのであり、
このミラーが最も効率良く反射できる波長が何を隠そう13.5nmなのである。
さて、この章での最初の疑問である「なぜ13.5nmの波長なのか」についてようやく回答しよう。
13.5nmを効率よく反射でき、実用的なミラーが存在するからである。
ところで、単体のミラーの反射率70%という数字
──これは投資判断に直結する意味がある。
EUV露光装置の中にはミラーが1枚だけではない。光源からウエハーに至るまで、現行のEUV装置では11~12枚のミラーを経由する。
ここで簡単な算数をしてみてほしい。反射率70%のミラーを11枚通過した場合、最終的にウエハーに届く光の量はどうなるだろうか。

0.70^11 ≒ 0.020 = 約2%
驚かれただろうか。光源が発したEUV光のうち、ウエハーに届くのはわずか2%程度しかない。残りの98%はミラーの反射過程で熱として失われてしまうのだ。
この2%という数字を知らない投資家は、ASML装置の価格3,000億円を「高い」と感じる。知っている投資家は「物理的にそうならざるを得ない」と理解する。同じ数字を見て、判断が180度変わる。
ここまでの物理を整理しよう。
あなたは今、以下を理解している:
・波長が微細化の限界を物理的に決めること(回折限界)
・193nm ArFの世界ではマルチパターニングという力技でコストを膨張させながら微細化を進めてきたこと
・EUVの13.5nmは「短くした結果」ではなく、Mo/Si多層膜ミラーの反射特性から導かれた物理的必然であること
・EUVでは透過できるレンズが原理的に存在しないこと
・反射率70%のミラーを11枚通すと、光はわずか2%しかウエハーに届かないこと
では、次の問いに答えられるだろうか。
「反射率70%・ミラー11枚で2%しか届かない。では次世代のHigh-NA EUVでミラーの構成が変わったとき、この数字はどう動くか?
──そしてそれは装置価格と顧客の設備投資にどう跳ね返るか?」
「中国のSMEEが28nm露光装置を量産し、EUV関連の特許出願を始めた。この事実は、ASMLのMoat脅かしうるのか?」
「対中輸出規制でASMLの中国売上比率は2024年の47%から2025年に20%へ急落した。物理的Moatは不変でも、売上構造が変わるとき──あなたはASML株を持ち続けるべきか?」
この問いの答えを導くのが、ここから先の本題だ。
ここから先を読まない場合、あなたの手元に残るのは「ASMLは独占だから強い」という結論だけだ。
その独占がHigh-NA時代にどう深化するのか、中国の自主開発が物理的に何年かかるのか、地政学リスクと物理的Moatの時間軸の違い──この構造が見えないままASML株を保有し続けることになる。
次の決算でASMLのCEOが
「2026年の成長は確約できない」と発言したとき、それが売りシグナルなのか雑音なのかを判断する根拠が、あなたにはまだない。
※本記事は買い切りです。テーマに関する重要な技術アップデートや市場変化があった際には内容をリライト・追記していきます。一度購入すれば、最新の分析にアクセスできるバイブルです。
ここから先は
¥ 980
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
