ラベルに振り回されない生き方🔖心のしおり
🌱 病気や特性に、人生を決めさせない
これは、私がこの人生で、たくさんの人の心と向き合い、自分自身の心とも向き合う中で、少しずつたどり着いた、一つの答えです。
特にこの5年間。
引きこもっていた時期も含めて、私はネットのメンタルヘルスの世界で、たくさんの人たちを見てきました。
さまざまな病気や特性を抱えている方と出会い、お話を聞いたり、相談にのらせていただいたりしてきました。
その中で、どうしても心に残っていることがあります。
それは、苦しみながらも、なかなか前へ進めずにいる人たちが、たくさんいたことです。
例えば、
・10年以上カウンセリングに通い続けても、なかなか変化を感じられず苦しんでいる人。
・過去の恋愛、親子関係、人間関係、虐待、モラハラ、パワハラ、トラウマなどに、長い間苦しみ続けている人。
・発達障害やさまざまな特性について考え続けるうちに、いつの間にか前へ進めなくなっている人。
もちろん、その人たちが苦しんでいる理由や背景には、それぞれ大切なものがあります。
簡単に、
「考え方を変えればいい」
「過去を忘れればいい」
などと言えることではありません。
だからこそ私は、
「どうにか力になりたい」
と思いながら、たくさんの方のお話を聞いてきました。
苦しい気持ちを誰かに話すことは、とても大切なことです。
心の中にあるものを言葉にすることで、少し楽になったり、自分の気持ちを整理できたりすることもあります。
誰かに受け止めてもらうことで、
「自分は一人じゃない」
と思えることもあります。
でも、長く人のお話を聞いていく中で、私が気づいたこともありました。
どれだけ周りの人が言葉を届けても、最後に、
「今の自分から少し変わりたい」
「少しでも前へ進みたい」
と思い、その一歩を踏み出すことができるのは、自分自身なのだということです。
相談に来てくれた方の中には、答えを探しているように見えて、心の中では、すでに答えが決まっている方もいました。
周りの意見を聞いているようで、実はまだ受け入れる準備ができていなかったり。
自分を守るために、「分かったつもり」になってしまったり。
それは、その人が悪いということではありません。
人は誰でも、変わることに不安を感じます。
今までの考え方や生き方を手放すことは、簡単なことではないからです。
だから私は、
「変わらなければいけない」
と誰かを急かしたいわけではありません。
人には、人それぞれのタイミングがあります。
立ち止まる時間も必要です。
誰かに支えてもらう時間も必要です。
何度も同じことを考えてしまう時間だって、必要なことがあります。
ただ、それでもいつか、
「私はこれから、どう生きていきたいんだろう」
と、自分自身に問いかける時が来るのだと思います。
どれだけ周りの人が支えてくれても、最後に人生を歩いていくのは、自分自身です。
そのことを、私はこの数年間で学びました。
🌱 「自分を理解すること」と「自分を縛ること」は違う
私は10代の頃から鬱病と付き合い、30代からは潰瘍性大腸炎を抱えながら生活してきました。
そして40歳を過ぎてから、自分にはADHDやHSS型HSPという特性があることにも気づきました。
この5年間、ネットのメンタルヘルスの世界で、ADHDやHSPだけではなく、さまざまな病気や特性、悩みを抱えた方とも出会ってきました。
そして、そこから生まれる家庭や夫婦、親子関係、職場での人間関係の悩みについても、たくさんのお話を聞いてきました。
その中で、強く感じるようになったことがあります。
診断名や特性を知ることは、とても大切です。
自分を理解するきっかけになります。
「どうして私は、今までこんなに生きづらかったんだろう」
そう思っていた人が、自分の特性を知ることで、
「そうだったのか」
と、初めて自分を責める理由が減ることもあります。
それによって救われる人もいます。
だから、病気や特性を知ることを否定したいわけではありません。
むしろ、自分を理解することは、これから自分らしく生きていくための大切な出発点だと思っています。
ただ、
「自分を理解すること」と「自分を縛ること」は違います。
診断名や特性は、自分を縛るためのものではありません。
自分を生きやすくするための道具なのだと思います。
「HSPだから」
「ADHDだから」
「鬱だから」
そうやって、その言葉だけで自分の人生を決めてしまう必要はありません。
病気や特性によって、難しく感じることは確かにあります。
人より疲れやすかったり、苦手なことがあったり、人間関係でつまずきやすかったりすることもあるでしょう。
それは無視してはいけない大切な部分です。
でも、それだけですべてが決まるわけでもありません。
その人自身の経験。
性格。
考え方。
価値観。
環境。
これまでどんな人生を歩いてきたのか。
そういったものも、同じように今の自分をつくっています。
だから、
「私はHSPだから」
「私はADHDだから」
と理由が見つかったところで、思考を止めてしまうのではなく、
「じゃあ、私はこれからどうしていこう?」
と、その先を考えていくことが大切なのだと思います。
病気や特性を理解することは、ゴールではありません。
これから自分の人生をどう生きていくかを考えるための、スタート地点です。
そして、
「病気や特性のせいにしてはいけない」
ということと、
「病気や特性によって苦しんでいることを認めてはいけない」
ということも、まったく違います。
苦しい時は、苦しいと言っていい。
助けが必要なら、誰かに頼っていい。
できないことがあるなら、工夫していい。
休むことだって必要です。
そのうえで、
「今の自分にできることは何だろう?」
と考えていく。
私は、それが自分自身と向き合うということなのだと思っています。
🌱 「あなたには価値がある」と「変えられるところがある」は両立する
ここで、どうしても伝えたいことがあります。
「今の自分の考え方や向き合い方には、変えられるところがある」
ということと、
「あなたには価値がない」
ということは、まったく違います。
病気や特性を理由に立ち止まっているとしても、それによってあなたという人間の価値が下がるわけではありません。
あなたには、最初から価値があります。
そのうえで、
「今のままでは苦しいな」
と思うところがあるのなら、そこは少しずつ変えていくことができます。
人は、自分を否定し続けなくても変わることができます。
「あなたはダメだから変わりなさい」
ではなく、
「あなたには価値がある。だからこそ、もっと生きやすい方法を一緒に探してみよう」
というところから始めてもいいのだと思います。
特性や病気を理解しながら、自分の経験や考え方、価値観とも向き合っていく。
そして、自分の心を少しずつ育てていく。
それが、自分の人生を生きるための土台をつくるということなのだと思います。
土台がまだ整っていないなら、これから積んでいけばいい。
根っこが弱っているなら、これから少しずつ水をやっていけばいい。
時間がかかってもいい。
誰かより遅くてもいい。
その土台が少しずつしっかりしてくるほどに、生きづらさとの付き合い方も、少しずつ変わっていくのだと思います。
🌱 悩まない人になるのではなく、悩みながら歩ける人になる
私がこの数年間でたどり着いた、一つの答えがあります。
それは、
「悩まない人になること」が目標なのではなく、
「悩みがあっても、自分の人生を歩き続けられる人になること」
なのだということです。
私は、悩みや不安がなくなったから前へ進めるようになったわけではありません。
今でも、体調のことを心配する日があります。
過去のことを思い出して苦しくなる日もあります。
自分の特性について考えることもあります。
それでも、以前とは少し違うところがあります。
それは、
悩みがある自分を責めるのではなく、悩みを抱えながらも「今日できること」に目を向けられるようになったことです。
治らない病気。
生まれ持った特性。
過去に起きた出来事。
家族との関係。
変えられないもの。
私は、これらについて何度も悩んできました。
もちろん、悩むこと自体が悪いわけではありません。
つらい経験をしたからこそ、自分の気持ちを理解できたり、誰かの痛みに寄り添えたりすることもあります。
でも、ある時から私は、自分に問いかけるようになりました。
「変えられないものを、ずっと考え続けることに意味はあるのだろうか?」
「それよりも、これからの自分がどう生きていくかを考えた方が、私は幸せに近づけるのではないだろうか?」
そう思うようになりました。
病気になったこと。
持って生まれた特性。
過去に起きた出来事。
変えられない人間関係。
これらは、なかったことにはできません。
過去を消すこともできません。
でも、それらがあるからといって、人生のすべてが決まるわけではありません。
🌱 病気と戦い続けるのではなく、一緒に生きていく
私は、病気や特性を「敵」として戦い続けるのではなく、
「自分の一部」として付き合っていくこと
を選びました。
例えば、潰瘍性大腸炎。
以前は、
「どうして自分が」
と思うこともありました。
でも、どれだけ悩んでも、病気そのものが消えるわけではありません。
だったら、
「この病気とどう付き合えば、自分らしく暮らせるのだろう」
と考えた方が、これからの自分につながると思うようになりました。
自分の体調を知ること。
無理をしすぎないこと。
必要な時に休むこと。
できない時には誰かに頼ること。
それは、諦めではありません。
自分を大切にするための選択です。
病気があるからといって、人生を諦める必要はありません。
できることと、できないことを知りながら、自分なりの楽しみを見つけていくことはできます。
私のそばには、自分の病気と少しずつ付き合い方を見つけながら、日々を大切に過ごしている友人がいます。
その姿からも、私はたくさんのことを学びました。
病気があるから人生を楽しめないのではなく、
病気と一緒にどう生きていくかを考えることで、楽しめる時間はつくっていける。
それは、誰かと比べて測るものではありません。
一人ひとりが、自分のペースで見つけていくものなのだと思います。
🌱 小さな一歩も、ちゃんと前進
そして、日常の小さな出来事への向き合い方も、私は少しずつ変わりました。
以前の私は、失敗すると長い時間、自分を責め続けていました。
「どうしてできなかったんだろう」
「また失敗してしまった」
そんなふうに、何度も自分で自分を傷つけていたのです。
でも今では、
バスを乗り間違えても。
家に忘れ物をしても。
日付を勘違いしても。
「あー、やっちゃった」
と思うことはあっても、そこから長く自分を責め続けることは少なくなりました。
「仕方ない。次は気をつけよう」
「忘れることだってあるよね」
そうやって、自分に優しい言葉をかけられるようになってきました。
失敗しない人になったわけではありません。
でも、
失敗した自分を責め続ける時間が短くなったこと。
それは、私にとって大きな変化でした。
そして、前へ進むということは、何か大きな成果を出すことだけではないと思っています。
歯医者へ行くこと。
病院へ通うこと。
自立訓練事業所へ行くこと。
デイケアに参加すること。
生活の中で、自分に必要なことを一つずつこなしていくこと。
それも、立派に人生を前へ進めていることです。
悩みがあるから、止まっているのではありません。
悩みながらでも、今日やるべきことに向き合っているなら、それは前進しています。
🌸 私は、悩みながらでも歩いていく
私は、完璧に悩みがなくなった人間になったわけではありません。
これからも悩むと思います。
・不安になることもあるでしょう。
・過去を思い出すこともあるでしょう。
・病気や特性について考えることもあるでしょう。
それでも、
悩みながらでも歩いていける。
不安を抱えながらでも、自分の人生を大切にできる。
私は、そう思えるようになりました。
大切なのは、病気や特性をなくすことだけではありません。
過去をすべて忘れることでもありません。
何も悩まない人になることでもありません。
病気や特性や過去を抱えながらも、
「私はこれから、どう生きていきたいのか」
を考え、自分の人生を少しずつ選んでいくこと。
それが、
自分らしく生きる
ということなのだと思います。
私にとって、ADHDも、HSS型HSPも、鬱も、潰瘍性大腸炎も、人生のすべてではありません。
私という人間の一部分です。
私を説明するものの一つではあっても、
私そのものではありません。
だから私は、ラベルに支配されるのではなく、
ラベルを、自分を理解するために使う。
そして、その理解を出発点にして、
「では、私はどう生きていきたいのか」
を考えていきたいと思っています。
それが、長年メンタルヘルスの世界を見てきて、たくさんの人と出会い、自分自身とも向き合ってきた私がたどり着いた、
「生きやすくなるための、一つの答え」
です。
病気や特性は、人生の主人公ではありません。
過去も、人生の主人公ではありません。
診断名も、誰かから貼られたラベルも、あなたの人生そのものではありません。
人生の主人公は、いつだって自分自身です。
・どんなものを抱えていても。
・どんな過去があっても。
・これからの人生を、どう歩いていくのか。
その選択は、少しずつ自分でしていくことができます。
・悩みながらでもいい。
・立ち止まりながらでもいい。
・誰かに支えてもらいながらでもいい。
・自分のペースで、一歩ずつ。
自分の人生を、自分の足で歩いていけばいいのだと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました*.🌷.*
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