2025/05/09 心を込めるということ 〜折り紙の手紙から考える愛情表現〜
2025/05/09
窓の外は、少し霞んだような曇り空。
窓を開けると、穏やかな風が室内に流れ込み、静かな時間が始まる。
肌にまとわりつく湿度が、重だるい気持ちと少しリンクする。そんな朝でも、やることは決まっている。
キッチンに立ち、フライパンに油をひく音が朝の静けさを心地よく破る。ミートボールを並べると、じゅわっと油が弾け、香ばしい肉の香りが立ち昇る。
冷蔵庫から胡麻和えとひじき煮を取り出し、卵焼きを焼き上げ、トマトを洗う。
今日のお弁当の“彩りと余白”を整えていく。

ミートボールがお弁当に入ってると嬉しい♡︎
ほんの少しだけ、手が止まる。
連休中の3日は、あっという間だったのに!
平日の3日は、どうしてこうも長く感じるんだろう。
同じ“3日間”でも、気持ちの流れ方はずいぶん違うものだと思う。
そんなふうに、つい心が沈みかけたとき。
静かに手帳を開いて、今日の予定と“気分”を書いてみる。思いを書き出すうちに、ほんの少しだけ、肩の力が抜ける気がした。
思い通りにいかない日があるのは当たり前。
でも、整え直せば、また始められる。
それが、この数年でようやく身についてきた、私なりの“整えかた”。
小さな手から届いた手紙
保育園から帰宅すると、次女のリュックからしわくちゃになった折り紙が差し出された。
「おねえちゃん、これ!」
クタクタになった折り紙にはまだまだ幼い文字で
「おねえちゃん だいすきだよ♡︎」の文字。
もう一枚も同じようなメッセージ。
きっと、ふと思い出したんだろう。
「お姉ちゃんに、なにか伝えたいな」と。
特別でありたいという気持ち
でも、その手紙を受け取った長女の反応は、少し違った。表情が曇っている。
「これ、適当すぎて気持ちがこもってないじゃん...」
その声には期待はずれの落胆が染み込んでいた。
その理由を聞くと、一昨日見たパパやママへのイラスト入りの手紙と比べていた。
あの手紙には次女の心がこもってた、と。
手紙をもう一度見つめる。
その眉間のしわに、「もっと特別に」という気持ちが隠れていることが読み取れた。
愛情を受け取る側は、時にとても繊細だ。
“特別に扱われたい”という気持ちは、大人にもある。
だからきっと長女は「私には“それなり”だったんだ」と思ってしまったのかもしれない。
まして感受性豊かな子どもなら、「どれだけ自分のことを考えてくれたか」という"表現の質"に敏感になるのも当然かもしれない。
でも、それだけ相手の気持ちをちゃんと受け取ろうとしている、という証でもある。
長女なりの、心の成長なのだ。
思いを想像する力を育てたい
ただ私は、こう伝えた。
「保育園では、周りでお友達がたくさん遊んでるでしょ?そんな中で長女のことを思い出して、折り紙を選んで書いたんだよ。“心がこもってない”って言えるかな?
手紙を2枚、書いて気持ちを伝えてくれたことに感謝をしない気持ちの方が、ママはとても残念だよ。」
愛情は、いつも完璧な形ではやってこない。
時に不器用で、時に急ぎ足で、ときどき期待よりもシンプルな形で届く。
でも、そこに込められた“思い”まで見落とさずに受け取れること。それは、生きていくうえでとても大切なことだと思う。
やさしく受け取るということ
「ちゃんと気持ちをこめて」
それは送り手だけに向けられる言葉じゃない。
受け取る側にも、心をこめることはできる。
「どうせこんなもん」じゃなくて、
「どんな気持ちで書いたのかな」と想像すること。
そのまなざしがあるだけで、人との関係はぐっと優しくなると思っている。
ちょっと不器用な愛情の形でも
不平不満の前に「一度立ち止まって相手の立場に立って考える」—この感覚を育てることは、私が親として大切にしたいことの一つ。
長女の中で何かが少し動いたように感じられた。
完璧じゃないからこそ、私たちは互いに思い合えるのだから。
あなたは最近、誰かの“ちょっと不器用な愛情”に、気づけたことはありますか?
受け取り方ひとつで、世界はふわっとやわらかくなることがありますよね。
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