[映画]『プロジェクト・ヘイル・メアリー (フィル・ロード&クリストファー・ミラー監督/2026)』

データ
原題: Project Hail Mary
監督: Phil Lord & Christopher Miller
製作年度: 2026
製作国: アメリカ
アスペクト比: 1:1.85f
時間: 2h36
公開日: 2026年3月20日
鑑賞日: 2026年4月4日
配給: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
はじめに
以降はネタバレ前提となります。
本屋で文庫本が平積み状態の原作は未読。作者アンディ・ウィアーはデビュー作「火星の人 (The Martian/2011)」で世界的な評価を受けた。
その映画化の『オデッセイ (The Martian/2015)』は観たことがある。火星に一人残された主人公があの手この手で生き残ろうとする、リドリー・スコットにしては割とライトなSF映画で楽しんだ。このタッチは原作を踏襲したのかもしれない。
さて『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。映画でもセリフがあった通り、"ヘイル・メアリー"は"一か八か"とか"神頼み"といった意味合いで、人類を救う計画の名称がそれでは…ということで、観る前からふざけた内容かな…と思っていた。
ちなみにゴダールの『マリア (Je vous salue, Marie/1984)』の英語タイトルは『Hail Mary』である。
映画鑑賞前に(エイリアンのこと)
なるべく前知識抜きで映画は観るようにしているが、予告編はどうしても目に入る。そしてその予告がネタバレだという話をSNSで見かけることもあった。予告編ではエイリアンが主人公に協力するというシーンがあり、そういう話かと…思った。
エイリアンが出てくるとどうしても映画は安っぽくなってしまう。地球人と初対面から当たり前のようにコミュニケーションをとり、地球人並みに喜怒哀楽を現し…と、これは幼少時に見たアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の時点からそんな違和感を感じ続けた。
以降、SFはいかにエイリアンを描くかがひとつ、着眼点にもなっていった。
例えばエイリアンが人間らしく振舞うケース。これはエイリアンが人間の創造主であり、かつ、エイリアン自身を模して人間を作った、という設定。「百年の昼と千年の夜」や「サイボーグ007」の「天使編」とかが該当する。
もしくはエイリアンの意思が人間には理解できないケース。そもそも善悪や喜怒哀楽は人間固有のものであるから理解できないのは当然で、そんなエイリアンに振り回されるのが「ソラリスの陽のもとに」とか「路傍のピクニック」あたりか。
スピルバーグの『未知との遭遇 (Close Encounters of the Third Kind/1977)』が斬新だったのは、突然、人類の前に現れたエイリアンに対していかにコミュニケーションをとるかをテーマにした点だったと思う。
『インディペンデンス・デイ (Independence Day/1996)』は地球に現れたUFOを親善大使と確信し歓迎するグループがあっけなく、抹殺される、そのしっぺ返しだけは面白かったが、以降はエイリアンである必然性がない、大味な戦争映画となった。
つい最近、やっと読み終えたニーヴン&パーネルの「神の目の小さな塵」では人類が初めて遭遇したエイリアンは、人類をはるかに上回る知力で一瞬にして人間の言葉をマスターしコミュニケーションをとりはじめる(人間側はまったくエイリアンの言葉を理解できない)。しかしコミュニケーションをとれても相容れない事態に陥る(これは人間同士でも起こることだが)。
はじめに
見る前からウダウダ考えていてもしょうがないので早く観よう…と思っていたのに、いろいろとあって本日、ようやく観ることができた。もともとは朝活でIMAXで観ようと思っていたのに、通院予約をしていたことを忘れていて断念、地元のシネコンで通常フォーマットで鑑賞した。
映画が始まって最初に思ったのが、ビスタじゃん!だった。SF映画はスコープであるべきという身勝手な偏見を持つ身としては、納得がいかなかった。
ただ本編が始まったらそんなことは忘れてしまった。
あとで調べたら通常で1:2.00fのスコープサイズ、IMAXのデュアルレーザーが1:1.43f、IMAXのシングルレーザーやキセノン(Xenon)は1:1.85fだった。でもスコープ感は無かったんだよなぁ…。
概要
金星と太陽を結ぶ赤外線の帯「ペトロヴァ・ライン」が発見されるが、その帯によって太陽が死滅しつつあること、さらに周囲の惑星も感染していることが判明。一方で太陽系から12光年の位置にあるくじら座タウ星のみ感染を逃れていることもわかり、感染しない理由を調査する「ヘイル・メアリー計画」が立ち上がる。
金星で採取された「ペトロヴァ・ライン」の構成要素を解析した科学者グレースはそれが単細胞生物で強力なエネルギーを発生させることを発見し、「アストロファージ」と命名する。「アストロファージ」はタウ星までの燃料として利用されることになったが、片道分しか準備できず、計画は必然的に宇宙飛行士の死を伴うものとなった。
グレースは実験中の事故で予定していた宇宙飛行士が死亡したことで、強制的に代替メンバとさせられる。
グレース含む宇宙飛行士3名は昏睡状態で打ち上げられる。グレースが宇宙で目を覚ましたとき、他の2名は手違いで死亡していた。グレースは地球とも連絡が取れないなか、一人でミッションを遂行する羽目になる。
タウ星に接近するとエイリアンの宇宙船と遭遇する。グレースはエイリアンと意思疎通を図ることに成功する。エイリアンは「エリダヌス座」からやってきて、目的はグレース同様に母星の危機解決だった。グレースは便宜上、エイリアンを"ロッキー"と命名する。
グレースとロッキーはタウ星の大気中に「アストロファージ」を捕食する微生物を発見し、危険を冒しつつも採取に成功する。採取した微生物は「タウメーバ」と命名し、グレースとロッキーはそれぞれの母星を目指すことになる。グレースの母船は片道分の燃料しかなかったが、ロッキーから「アストロファージ」を分けてもらうことで帰還が可能となった。
地球への帰還中にグレースの船で汚染事故が発生する。品種改良された「タウメーバ」が繁殖機から通り抜けたのだが、グレースは封じ込めに成功する。が、それと同時に「タウメーバ」がロッキーの母船を構成する「キセノナイト」も捕食することに気づく。
グレースは悩む。このまま「タウメーバ」を手に帰還するか、ロッキーを助けるか。ロッキーを助けるということは残りの燃料を使って「エリダヌス座」まで送り届けることであり、グレースは地球には戻れなくなる。
グレースは後者を選択する。発見したデータとタウメーバ繁殖器を地球に送り届けてからロッキーの宇宙船を目指す。
16年後、地球「エリダヌス座」の「アストロファージ」問題を解決したグレースは「タウメーバ」より食料を作り出し、ロッキーの星で生活していた。
感想
面白かった。2時間半の長さを感じることなく最後まで楽しめた。映画は宇宙空間でグレースが昏睡から目を醒ますところから始まり、以降、グレースのフラッシュバックと並行して描く構成で様々な謎解きを小出ししていくので、興味が持続できた。
また軽いノリもまたプラス要素だったと思う。これまでの"地球崩壊の危機を救う"映画は悲壮感漂う、重苦しい作風のものだった。この映画に悲壮感が無いことはないが、極端にお涙頂戴風に描いていない点が良かった。
例えばまだ自身が当事者になる前のグレースがプロジェクト責任者のストラット(サンドラ・ヒュラーが素晴らしい!)と死を前提にしたミッションについて語り合ったあと、クルーたちが最後のひと時を楽しんでいるパーティに参加するシーン。
プロジェクトの全責任を負うストラットは普段は感情を押し殺しているが、パーティで始まったカラオケの輪に入り、「サイン・オブ・ザ・タイムズ」を歌いだすが、このシーンは劇中、最も感動的だった。
「サイン・オブ・ザ・タイムズ」はワン・ダイレクションのハリー・スタイルズの2017年の大ヒット曲だが、二度と帰ることのないクルー、そして彼らを送り出すスタッフに向けた最高責任者の本音として、この上なくフィットした曲だった。
Just stop crying
Have the time of your life
Breaking through the atmosphere
And things are pretty good from here
Remember everything will be alright
We can meet again somewhere
Somewhere far away from here
当初心配だったエイリアンとのコミュニケーションについてはあまりにもスムーズだったが、演出が軽く、ライアン・ゴズリングも軽いので、気にせずに楽しむことができた。原作はもう少し、その過程を描写しているのだろう。
そして、観ていてなんだか『ショート・サーキット (Short Circuit)』や『ナビゲイター (Flight of the Navigator)』の軽いノリを思い出した。どちらも1986年の公開作品だったな。
ライアン・ゴズリング
原作では描かれているのかもしれないがグレースのバックボーンが一切描かれていない点もよかった。この手の作品では例えば恋人が出てきたり、家族が出てきたりするとウエットになるだけでなく、物語が動き出すまで相当にスローダウンしてしまう。
"家族どころか犬一匹いない (ストラット談)"ことで代替の飛行士に選出されたグレースをゴズリングはシニカルなキャラクターを飄々と演じていて、映画をひっぱっていたと思う。
それまでに観たゴズリング出演の作品だと『ブレードランナー2049 (Blade Runner 2049/2017)』をはじめ、ニコラス・ウィンディング・レフンやデレク・シアンフランスの作品群まででシリアスな役どころが多かったが、『ラースと、その彼女 (Lars and The Real Girl/2007)』やこの作品のような人間味のあるキャラクターのほうがフィットしている気がする。
映画後にいろいろな方のレビューを読ませていただいていて笑ってしまったのは、"大泉洋に似ている"というものだった。実は私も観ている最中、グレースのキャラが「水曜どうでしょう」の頃の大泉洋のいじられキャラそっくりだな…と思ったのでした。
フィル・ロード&クリス・ミラー監督
すっかり忘れていたが、フィルモグラフィで『くもりときどきミートボール (Cloudy with a Chance of Meatballs/2009)』のコンビであることを知った。なかなかふざけた映画だったと記憶する。
さいごに
さて原作を読むかどうか。本屋でちらっとめくってみたらかなり読みやすそうだったので上下巻とは言え、サクサクと読めるかもしれない。

