逃走劇~ひとつのカップ麺を求めて~
右へ、左へ…。
東京都杉並区久我山。
この地で、たったひとつのカップ麺を求めて走る私がいた。
20代の頃だ。当時、私は、正社員としてあるドラッグストアに勤めていた。
その時のことで忘れられない出来事がある。
「いまさっき、カップ麺持ってった人いたわよ」
勤めていたドラッグストアは駅前のビルの一階に入っていた。手狭な店内はすでにぎゅうぎゅう状態で、店頭にも逆L字型に囲むように商品を出していたのだが
件のカップ麺も什器にモリモリに積んだ状態でお店の横…つまり死角になるところに出ていた。
大丈夫かなとスタッフ同士でも話していたところの、先述のお客様からの目撃情報。
本部にもそのことを報告して、ちょっと対策を考えます…と話していた矢先のことだった。
あの逃走劇が、起こったのはー。
季節は忘れたが、暑くもなく寒くもないちょうどいい気候だったと思う。
私とほかの社員さん、日中二人シフトの日だった。
あるお客様の会計が終わったあと、社員さんがレジの中のお釣が少なくなってきたことに気付き、すぐ近くの銀行に私が両替に行く事になったのだ。
銀行は空いていて、滞りなく両替作業を終えた私はお店に戻ろうと歩いているときにカップ麺什器の前に男が立っているのが見えた(それくらい銀行とお店は近い)。
ああ、買っていくかな…と思った瞬間、その男は無造作にひとつのカップ麺を手に足早にお店から遠ざかろうとしているのだ。
おい!前もお客様から聞いて思ったけど日中の駅前だぞ、まあまあ人歩いてるんだぞ!
どんだけ大胆な犯行だよ!とつっこみながら見てしまったからにはそのままにできん!
気付けば私は、両替のポーチを抱えたまま、その男めがけて走り出していた。
なんか「すみませーん!」とか「返してください!」とかなにかしら叫んでいたような気がするのだがとにかく必死に足を動かしていたのだけは覚えている。
すごい勢いで走ってきた私の存在に、やばいと思ったのか男もカップ麺を手に持ったまま走り出す。
このままそうみすみす持ち帰られてたまるか!と私もそのまま追いかけた。
途中、男が道路をはさんで反対側の道へと逃げていく。車が何台か通っていたがここで止まるわけにはいかない!
振り返りながら車に注意しつつ、私も反対側へ。そのことに気付いた男はまたさっきの道へと戻る。当然、私もそのまま追いかける。
そのまましばらく走っていた男は疲れたのか走ることをやめた。
「なんなんですか」
「そのカップ麺、取りましたよね、私見ました」
「取ってないです」
「レシート見せてください」
「ないです、お店に置いてきました」
「じゃあ一緒に確認しに戻りましょう」
そんなやり取りをしたあと、男はくるりと背中を向けてお店とは反対方向に歩いていく。
こうなればどこまでも追いかけてやる、と私も意地になってそのまま後ろについていく。
「どこまでついてくる気ですか」
「このままあなたの家までです。そのあと警察に行きます」
そう告げたとたんに男は苛立った顔で「返せばいいんだろ!」と雑にカップ麺を渡してそのまま歩いていった。
そういうことじゃないだろ…と思いつつ、突然の剣幕になにも言えず、睨み付けることしかできなかった。
夕方から出勤したバイトさんに一連の出来事を話すも「えっ、じゃあ取ったの認めましたねってそのまま警察に突きだしてやればよかったじゃん」
ぐああ…。確かに…カップ麺は取り戻せたが、またやるかもしれない。
警察に連れていってお灸をすえてもらえばよかったかも…!
結局そのあとダミーの防犯カメラを設置することになり、しばらくしてカップ麺を外に置くことをやめた。
ていうかあそこで逆ギレするのやっぱりおかしいでしょ!
若干の悔しさを残しつつ、カップ麺を求めた逃走劇はこうして幕を閉じたのだった。
はあー。きっといまもう、あんな走れないな笑
ドラッグストア時代の話はこちらにも(ほんのり甘酸っぱい?笑)↓
