読書記録 【ハンチバック】 市川沙央
本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。
先天的に筋疾患のある重度障害者の女性、
釈華
右肺を押し潰すかたちで背骨はS字に湾曲している。
両親が遺したグループホームが終の住処。
釈華はホームの一室から、風俗記事や女性向けの官能ライトノベルなどを発信する──
冒頭の1、2ページは風俗記事から始まり、どういった意図か掴めず、一旦本を閉じてしまった。
ネットではこんな記事が溢れているんだろうな、と想像する内容だ。
読み進めていくと、富士山も眺めることができる眺望のよい広い部屋で、タブレットに記事を打ちこむ女性が見えてくる。
彼女の世界はこのグループホームの一室と、通信大学とネットの中。
そして、望みは
「妊娠して中絶する」ことだ。
重度障害者の彼女は、妊娠は出来ても、お腹の中で胎児を育むことも出産することも出来ない。
「性欲」を満たすだけでなく
「妊娠」をしたい
自分は「人間という生き物」だという実感が欲しい
そして、その胎児の命を奪う
自分は生きるために壊れるから
生きるために芽生える命を殺すことと何の違いがあるのか、と
内容に批判が起きかねないけど、どうだろう。
「健常者」のわたしが言えば、批判は大きい。
でも、重度障害者なら…?
こんなことを考える時点で、わたしは差別をしている。
ミスプリントされた設計図しか参照できない私はどうやったらあの子たちみたいになれる?あの子たちのレベルでいい。子どもができて、堕ろして、別れて、くっ付いて、できて、産んで、別れて、くっ付いて、産んで。そういう人生の真似事でいい。
以前、障害者を対象にした?性風俗があるみたいな話を読んだことがある。その時、少なからず衝撃を受けたが、考えてみれば当たり前の事だ。
ただ、誰であれ多くは「性」のことは大っぴらにしない。
だけど、本作の著者自身も筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者だ。
本作は、フィクションだけれども、著者自身と重ねて読んでしまう。
戸惑いと驚きを感じた。
語り口は、とても淡々としている。
まるで自分が箱で、その箱の中から、外の世界を覗いているみたいだ。
芥川賞を受賞し、問題作ともいわれる本作。
生きることで身体が壊れていく感覚は、わたしには決して理解はできない。
この本は、わたしが知ることのなかった世界を教えてくれた。
「紙の本」を愛するわたしは、
「紙の本」を憎らしいと思う人がいる事を知らなかった。
博物館や図書館、歴史的建造物を大事にしたい、と思う人がいる一方で
「壊れずに残って古びていくこと」が嫌いだと思う人もいる、ということも。
この本の感想を書くかどうか迷った。感想はでてくるが、どういう言葉を選んでも差別に繋がるように感じた。
だけど、著者の市川沙央さんは、色んな意見が出ることは承知でこの本を書いたのだと思う。
そんな挑戦的な意図を感じた。
