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peach0200
100人100衆⑧0の水平
100人100衆⑧0の水平
ま
麻痺晴れて
畳の床に
頬擦り
初夏の縁側
0の水平
マヒハレテ
タタミノユカニ
ホホコスリ
ショカノエンガワ
0ノスイヘイ
僕の父の実家は秋田県仙北郡だった。
僕の父の実家は宝門清水と言う、
美しい清水が流れる村だった。
子供の頃は毎年ここに来て、
冷えたスイカを食べ、
冷えた茄子を食べ、
冷えた流しそうめんを食べ、
冷えた枝豆を食べ、
醤油と味の素をかけた筋子を食べた。
一日中家の裏手の畑を望む縁側で、
日がな寝転んでいたものである、
熱中症などない時代の事だから、
元気な日には田圃の彼方へ、
自転車で駆り出した🚵♂️ものである。
ウオーターラインのプラスチックの模型を、
畳の床に海と見立てて、
一日中遊んでいたものである。
そうして、
いつのまにか寝てしまって、
毛布を掛けて貰ったものである。
いつのまにか蝉の鳴く、
夕方になってしまったものである。
嗚呼、もしもこの麻痺が治ったら、
嗚呼、もしもこの麻痺が治る日が来るなら、
あの宝門清水の畳の床に、
頬を擦り付けたいものである。
初夏の縁側で、
0の水平の床上で、
平泳ぎをしたいものである。
合掌
