病床日記(看護師さん編)(0808)
病院の職制というのが私にはいまいちわからないのだが、看護師さんたちが入れ替わり立ち代わり、総勢20人ぐらい現れ、よってたかって面倒を見てくれる。
服の色で言うと、ブルー、えんじ、黒である。
職制がわからないなりに考えると、ブルーが昔の言葉で言えば(正)看護婦、えんじが准看護婦、黒が専門職(理学療法士、薬剤師など)ではないか。確かめたわけではないが、そんな気がする。
もうひとつ、病院雇いなのか、派遣なのかで色が違うということもあるのかもしれない。けっこう、制服がいろとりどり。
さて、えんじのほぼ全部、ブルーの一部が外国人である。中国人が多い。ミャンマー人らしき人、ベトナム人らしき人、インドネシア人らしき人もいる。これだけ円安が進行しているのに、なにか日本に魅力があるんだろうか。「職種」くらいしか考えつかない。つまり、「学校」として来ている。
明らかに中国人同士であっても、私ら患者の前では絶対に中国語では会話しない。日本語で通している。これには感心する。「ひと言も」である。
2年ほど前、追っかけをやっている和太鼓グループ「鼓一」が夏祭りで演るっていうんで行ったところ、前座でインドネシア舞踊を見たが、これはなんとかいう老人施設で働いている人たちのパフォーマンスだった。ジャワ、バリの踊りを見せてもらったのだが、同じインドネシア舞踊といってもジャワとバリとではずいぶん違うんで驚かされた記憶がある。『さんさ時雨』と『ねぶた』ほども違う。
もうひとつ、「このインドネシアのお嬢さんたちがいなくなったら、現場はまったくまわらないんだろうな」などと思った記憶がある。20人くらいいたからね、同一施設で。
いま、私がお世話になっている病院も、彼らのパワーがなかったら、完全に機能不全に陥る。
「日本人ファースト」を言い、外国人排斥を言う人は、こういう状況を知ったうえで言っているのだろうか。それとも、頭のなかは「いい外国人」「悪い外国人」となっているのだろうか。つまり、「いい外国人」はいてもいい外国人、「悪い外国人」は排斥しなければならない外国人となっているのだろうか。こちらのほうが100倍くらい危険で、タチが悪い気がする。
「学校」として来ている説に、もうひとつ付け加えておきたい。
2026年7月1日、「民族団結進歩促進法」なるトンデモ法が、中国では施行された。
世にトンデモ法は数々あれど、ここまでのトンデモは、なかなか考え付くものではない。これは、中国国外の個人・団体にも、「民族団結進歩促進」に抵触する言動があった場合、法的責任を問いうる「域外適用」条項を含むという法律で、域外適用(トランスナショナル・リプレッション)を初めて明確に法制化した法律と台湾国家安全当局が指摘した。
よく、ろくでもない法律を「憲法違反」などと言うが、これはそれのうえを行く。「自然法違反」とでも言えばいいか。」
以前、アメリカの移民法が、「アメリカ国民たるものはすべて」で始まるにも関わらず、実は全人類を対象としており、しかも国内法という「恐ろしい法律だ」とお話しした記憶がある。だが、これは、あくまで理念として恐ろしいということであって、「民族団結進歩促進」のような「そのもの」の恐ろしさではない。だいいち、あそこんち、多民族国家だぞ。そこはどうなってるんだ。
もちろん、これが直接影響していると言いたいわけではない。
だが、こういう息苦しい法律が成立してしまう息苦しさが中国にはあり、それから逃れてきたのかなあという気がしないでもない。
こんなこと言うと、高市早苗の有事発言を支持する方々を勢いづかせてしまう気がしないでもないが、自分が正しいと思うことを言うことにすら、気を配らないといけないような、嫌なご時世になってきたなあと思うことしきりの、今日この頃である。
