見出し画像

式神のまなびや1-9

学年も性別も様々な生徒が集まるこの学び舎には組分けがある。
宿舎毎に、組がわけられているのだが単純に年齢でわけられている訳ではない。

九条教頭が担当する飛騨組
伊勢やちよが担当する阿蘇組
春日アキラが担当する比叡組

にわけられている。
中でも飛騨は、学び舎から離れて野営しながら学ぶ特殊な組になっており、その分少数になっている。

伊勢は、芸能に強い生徒が多い。
そして、変わり者ばかりの組だった。

「今日は九条先生の授業ですよ」
「はーい」
子供たちが集まる。
箱を抱える者。
背負う者。
膝に乗せる者。
様々だ。

「飛騨の人も来るの?」

こはるが尋ねる。

「来る」

白峰が答える。

「やった」

「何がやったなんだよ」

多賀が呆れる。

「だって飛騨組の人って面白いじゃん」

「この前も熊捕まえてた」

「子熊だよ」

「熊は熊でしょ!」

「それはそう」

すると後ろから声がする。

「捕まえたんじゃない」

振り返る。

そこには飛騨組の生徒が立っていた。

「向こうから来た」

沈黙。

「それ余計怖いよ!」

教室に笑いが広がる。

「はいはい、元気なのは結構ですが。熊よりも怖いものがこの世界には沢山あります。それは、なんでしょう?」
問いかけに対して、生徒たちが考える。

「白峰くん」
「人間でしょうか?」

「多賀くん」
「えーと、神喰い?」

「はい、諏訪くん」
「自然そのものです」

「うむ、どれも正解」
九条先生は頷く。

教壇代わりの縁台に腰掛けたまま、生徒たちを見回した。

「神喰いは恐ろしい」

「はい」

何人かが頷く。

「だが神喰いは腹が減っているだけだ」

生徒たちが顔を見合わせる。

「熊もそうだ」

「え?」

こはるが首を傾げる。

「熊だって悪いことをしたくて襲う訳じゃない」

「お腹空いてるから?」

「そうだ」

九条先生は頷く。

「嵐もそう」

「地震も」

「洪水も」

「人間を憎んでいる訳ではない」

「ただそこにある」

周囲が静かになる。

「だから怖い」

その言葉は重かった。

「相手が悪意を持っているなら対策も立てられる」

「だが自然は違う」

「話も通じん」

「謝ってもくれん」

「待ってもくれん」

飛騨組の生徒たちが真剣な顔になる。

「そして」

九条先生の視線が生徒たちへ向く。

「人間もまた恐ろしい」

白峰が静かに顔を上げる。

「なぜでしょう」

「嘘をつくから」

誰かが答える。

「裏切るから」

別の生徒が言う。

「神喰いより怖い人もいる」
小さな声が聞こえる。

「そうだな」

九条先生は頷く。

「だが」

そこで少しだけ笑った。

「人間は恐ろしいだけではない」

「だから厄介なんだ」

今度は誰も答えない。

「人間は助けてくれる」

「守ってくれる」

「許してくれる」

「信じてくれる」

「だから裏切られた時に傷つく」

生徒たちは黙って聞いていた。

「覚えておきなさい」

九条先生はゆっくり立ち上がる。

「恐ろしいものを知らねば生き残れん」

「だが」

「恐ろしいからといって遠ざけてばかりでは」

「人は独りになる」

遠くで風が吹く。

「だから学ぶんだ」

「神喰いも」

「自然も」

「人間も」

「そして、自分自身もな」

普段よりも襟を正した生徒たち。
九条教頭の授業は不思議な緊張感があった。
厳しい。
だが誰も目を逸らさない。
その中で。

白峰あおは静かに前を見ていた。

相変わらず表情は薄い。

驚きもしない。
頷きもしない。
ただ。
言葉の一つひとつを受け止めるように耳を傾けている。
その横顔を見て。
アキラは小さく微笑んだ。

白峰は誤解されやすい。

感情がない。
冷たい。
何を考えているかわからない。

そんな風に言われることもある。

だが違う。

本当に興味がないなら。

あんな目はしない。

九条教頭の言葉を追う視線。
知ろうとする姿勢。
理解したいという意思。
その瞳には確かな熱があった。
感情がある。
怒りや悲しみだけが感情ではない。

知りたい。
学びたい。
理解したい。

それもまた感情だ。

アキラは改めてそう思う。

だからこそ。
レンの言葉を思い出す。
『迷うから苦しい』

違う。
迷うからこそ。
人は考える。
考えるからこそ。
成長する。

アキラはそう信じていた。

その時。
白峰が不意に手を挙げた。

普段は滅多に自分から発言しない少年だった。

「九条先生」

教室中の視線が集まる。

「なんだ」

白峰は少しだけ考え、
静かな声で尋ねた。

「人間が一番恐ろしいのなら」

一拍。

「なぜ、人間は人間と一緒に生きるのでしょうか」

教室が静まり返った。
そしてアキラは思う。
やっぱり白峰は。
誰よりも人間に興味があるのだと。

いいなと思ったら応援しよう!