式神のまなびや1-10
「一人では生きていけないからだ」
九条教頭はそう言った。
迷いなく。
当たり前のことを口にするように。
生徒たちは少し意外そうな顔をする。
「え?」
こはるが首を傾げる。
「でも九条先生って強いじゃん」
「そうだよな」
多賀も頷く。
「熊とか倒せそうだし」
「倒したことはある」
「あるんだ!?」
教室に笑いが起きる。
だが九条は真顔だった。
「だが、それとこれとは別だ」
静かに言う。
「人は一人で生きていけん」
「それは強さとは関係ない」
窓の外を見る。
遠くの山々。
雲の流れ。
「山で遭難した者を見たことがある」
「力のある者だった」
「知識もあった」
「だが死んだ」
教室が静かになる。
「なぜだと思う」
誰も答えない。
「助けを呼ばなかったからだ」
九条は淡々と言う。
「自分一人で何とか出来ると思った」
「だから死んだ」
生徒たちが息を呑む。
「自然は容赦せん」
「神喰いも容赦せん」
「人間もまた容赦せんことがある」
「だから助け合う」
「だから学ぶ」
「だから仲間を作る」
九条は生徒たちを見渡した。
「勘違いするな」
「強い者とは、一人で戦える者ではない」
「誰かを頼れる者だ」
その言葉に。
白峰が静かに目を見開く。
アキラはその横顔を見ていた。
九条教頭は学び舎で最も強い。
教師たちの中でも。
式神使いとしても。
誰もがそう認めている。
その九条が。
一人では生きられないと言った。
だからその言葉は重い。
アキラは思う。
レンならきっと違う答えを言うだろう。
人は弱い。
だから迷う。
だから苦しむ。
だが九条は。
人は弱い。
だから支え合うのだと言った。
それは比叡組の理念にも通じる。
そしてアキラは少しだけ安心する。
この学び舎にはまだ、子供たちに伝えるべき言葉が残っているのだと。
また、違った形でその言葉を受け取った者がいた。御堂カナタである。
カナタは比叡組の中でも恵まれた体格を持っていた。
走れば速い。
力も強い。
式神学の成績も悪くない。
教師からの信頼も厚い。
誰が見ても優秀な生徒だった。
だからこそ。
最近の変化に気付いていた。
稽古場。
木刀の打ち合い。
組手。
そのどれにおいても。
柊まこととの差が縮まっている。
いや、縮まっているだけではない。
追い越され始めている。
まこと本人は気付いていない。
周囲も気付いていない。
まことは相変わらず自信がなく、
「たまたまだよ」
と笑うだろう。
カナタだけは知っていた。
打ち込まれた時の重さ。
踏み込みの速さ。
間合いの読み。
以前のまことにはなかったものだ。
そして何より、まことは努力する。
誰も見ていない時間にも。
誰よりも真面目に。
誰よりも地道に。
その姿を知っているからこそ。
カナタの胸の奥で、小さな焦りが芽を出していた。
『一人では生きていけないからだ』
九条先生の言葉が蘇る。
仲間を頼れ。
支え合え。
それは正しいはずだ。
けれど。
もし、その仲間に追い抜かれたら?
その時も、同じように喜べるのだろうか。
カナタは自分の箱を見つめた。
黒い木箱。
狼の紋章。
箱は何も答えない。
だが。
ほんの一瞬だけ、まるで誰かが耳元で囁いたような気がした。
『悔しいんだね』
カナタは振り返る。
誰もいない。
窓の外には夕焼け。
帰っていく鳥の群れ。
そして仲間たちの笑い声。
『もっと強くなりたいんだね』
気のせいだ。
そう思った。
けれど。
その言葉は不思議と嫌ではなかった。
むしろ、自分でも認めたくなかった気持ちを、初めて誰かに見つけてもらえたような気がした。
