「木こりのジレンマ」にハマる上司の姿を見て思うこと
プロジェクトが本格的に動き出した頃、私の上司はまさにフル回転だった。
次々とタスクをこなし、チームを引っ張る姿勢は頼もしい。
だが、ふと気づくと、チーム内で「前回の決定事項ってどこに?」と探し物が増え、過去の資料を見返す時間が長くなっていた。
ある日、会議で決まった重要な方針について質問すると、上司は「えっと、どこかにメモしたんだけど…」と書類を探し始めた。
結局、別のメンバーが以前送った資料を見つけ出すまで、会議は一時中断。
メンバーの誰もが「またか…」という表情を浮かべていた。
この状況は、認知心理学でいう「認知的負荷(Cognitive Load)」が高まっている状態だった。
人間のワーキングメモリには限界があり、散らかった情報を探し回ること自体が脳のリソースを消費し、思考の質を低下させるとされている(Sweller, 1988)。
その時、私は「木こりのジレンマ」の話を思い出した。
「木こりのジレンマ」とは?
「木こりのジレンマ」とは、森で木を切る木こりが、ノコギリの切れ味が悪くなっているのに「忙しくて研いでいる暇がない」と言って作業を続けるが、結果的により多くの時間を無駄にしてしまう、という話だ。
この状況は、仕事の進め方にも当てはまる。
短期的に見れば整理や仕組み化に時間を割くことは「余計な手間」に思えるかもしれない。
しかし、長期的に見れば、情報がまとまっていることで意思決定のスピードが上がり、作業のムダを減らすことができる。
私の上司も、まさにこの状況に陥っていた。
チームで決めたことを整理する時間がなく、資料の管理も後回しになっていた。
その結果、指示を出すたびに過去の資料を探したり、決定事項を再確認する手間が増え、チーム全体の進行に影響を及ぼしていた。
整理と進行のバランスを取るには
では、仕事を効率よく進めながら、整理を怠らないためにはどうすればいいのか。
1.情報の一元化を意識する
決定事項や資料を一か所にまとめる仕組みを作ることで、「どこにあるかわからない」という問題を減らせる。
チームで「ここを見れば大事な情報が揃っている」という共通認識を持つことが重要だ。
これは、経営学で推奨される「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)」の考え方にも通じ、業務プロセスの最適化に役立つとされている(Hirano, 1995)。
2.短期と長期の視点を持つ
目の前のタスクを進めることと、長期的に効率を上げることは両立できる。
例えば、1日の終わりに10分だけでも情報整理の時間を設けるだけで、翌日以降の作業効率が変わる。
研究によると、日々のタスクを可視化し整理することで、意思決定のスピードが向上し、ストレスの軽減にもつながることが示されている(Baumeister & Tierney, 2011)。
3.役割分担を工夫する
進行と整理のどちらも大切だが、一人で両方を完璧にこなすのは難しい。
チームの中で、情報整理が得意な人がまとめ役を担うなど、適材適所の役割分担をすると、負担を減らしつつ効率を上げられる。
「整理する時間」が未来の仕事を楽にする
仕事のスピードを意識することはもちろん大事だ。
しかし、短期的な効率だけに目を向けると、結果的に余計な手間が増えてしまうことがある。
「木こりのジレンマ」に陥らないためにも、整理と進行のバランスを見直し、少し先の未来を見据えた働き方を意識したい。
学術的な視点から見ても、整理が認知負荷を減らし、ストレスを軽減し、意思決定をスムーズにすることは明らかだ。
日々の忙しさの中でこそ、一度立ち止まり、「ノコギリを研ぐ時間」を意識的に確保することが、最も賢明な選択なのかもしれない。
