紙時代の出版社の思い出話 その8『改革したほうがいい働き方だったころ』
生活感のある話をしよう。
1995~1997年頃、ASCIIが初台に合った頃の、編集第二統括LOGIN編集部の契約社員として働いていた頃の一日だ。
朝10時頃目覚める。
もうこの時点でおかしいが、今は知らないが20世紀ごろの出版社やゲーム会社なんて、どこも超夜型なのは当たり前だった時代である。
起きたら昨夜コンビニで買っていた缶ビールか冷凍庫に冷やしてあるジンを一杯飲む。缶ビールは500ml缶以外買ったことないと思う。
人と話すことが苦手で上京してからも編集部などで茨城訛を揶揄われて、すっかりコミュ障になっていた私は、もはや外出は酒なしでは不可能であった。体が強かったせいか、このアル中状態は断酒を始めた2018年頃まで続く。
当時は西国分寺のアパート1k6畳間の部屋。家賃は6万5000円だったと思う。生来の自己管理のなさに加えて常時酩酊状態だったため、本が乱雑に放置されている上に布団とパソコンがある汚部屋。寝るのとゲームとオナニーする以外に使用しない部屋だったのでそれでも構わなかった。
そして12-13時ごろ風呂に入って着替えて出勤。
西国分寺駅前のMINEの本屋に寄ってその日発売したマンガをチェックして数冊買う。当時は年齢+1万円が月給である上に、フリーランスの仕事でも収入があったので、金に困ったことはほとんどなかった。そして有り金は全部使ってしまう性分だった。
そのまま中央線西国分寺駅のキオスクで缶ビール500mlを2-3本と適当な雑誌を買って飲みながら電車を待つ。腹が減っていたときは駅の構内の立ち食いそばかDOMDOMバーガーを食べていたと思う。
そのまま西国分寺駅から中央線で吉祥寺まで着いたら下車。かつて吉祥寺にあった漫画専門店「まんがの森」に寄って、マニアックなマンガとかを物色する。ここはコミケカタログなども売っていたので、そういう季節にはそういう関係の本なども買っていた。
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