本当に記事が「落ちた」話『通信する精神』(ログイン 1995年10月6日号)
LOGINに8年間勤めていたわけだが、後にも先にも「記事が落ちる」のを経験をしたのはこれが一度だけである。
そもそも大部分の記事をスタッフライティングといって内部の編集者が執筆しているLOGINでは、原稿や記事が手遅れになりそうでも、どこかで誰かが察してフォローに入るようになっていた。
しかし、このときのLOGIN自体が「初校念校」が常態になっていて、ただでさえ全体に遅れ気味だったことに加えて、担当者が最後まで書くと言い張って、土壇場で「もう書けません」と失踪したので完全に手遅れになったのである。
たしか日曜日のときに、私も別な仕事で出社していたのだが、デスクの青柳さんに呼び出されて事態を知った。
この『通信する精神』という一見インターネット初心者向けの記事だが、これは差し替えである。
もともとはDTM(デスクトップ・ミュージック)の記事で、担当者が失踪したため、「大澤、なんとかできないか?」と尻拭いに無理やりでっち上げた記事なので、内容はかなり浅く不自然な記事になっている。さすがにDTMの知識も経験もなく書けそうになかったので、無理やり内容を変更したのだ。
そもそもこの号は他にもインターネットの記事は多かったし、レイアウトをそのままでビジュアルを過去記事から引っ張ってきて、タイトルイラストだけ仕事の早い志水アキに(今日中に描いてください)と発注して、一日で原稿からビジュアル入稿まで全部やった記事だ。
さすがに内容は浅いしレイアウトも不自然なのがわかる。
本当に日程的に完全に手遅れ状態だったので、「原稿責任(通称・原責)」という形で版下作りを内部デザイナーさんにお願いして、原稿が上がり次第、青柳さんが校正をして入稿した。
レイアウトやデザインは元の記事のままに、まるで別の記事にしたのである。
この号は定例ページの他に特集にも参加し、別にRPGの特別記事なども担当していて、本当に私も過労気味だったのだが、「雑誌に穴が開く」というのは基本的にありえないので無理やり絞り出した形だ。
記事が対談形式なのも、対談形式の記事が一番文字数が稼げるので早く書けるからで、本当に「真っ白にならなければいい」という形の完全に尻拭い記事である。
さすがに私が現役だったころには、ここまで堕ちる寸前になった記事はなかったと思う(だいたい誰か気がつくのだ)ので、たぶん一番「原稿が落ちる」に近づいた経験である。



ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
