【連載小説】電気人間じんたろ ⑰衝撃のあとで
ロロがじんたろの手を掴んだ瞬間、
二人の身体を貫いた“あの衝撃”は、地球が割れるほどの力だった。
電気人間じんたろの体内電流と、ロロの電磁感知能力が共鳴し、
世界の物理法則すら揺らぐほどの爆発的なエネルギーが走った。
だが──
救出後、二人が再び触れ合ったとき、
その衝撃はもう起きなかった。
まるで、
はじめてのキスのあとに訪れる静かな余韻のように。
二人の体は互いを受け入れるように変化していた。
電気も、痛みも、拒絶もない。
ただ、温度だけがあった。
じんたろ救出のニュースは、地下ネットワークを通じて瞬く間に広がった。
ロシアの選挙は混乱し、権力者の支持率は急落。
同時に、各地で暴動が起きた。
「沈黙は終わった!」
「自由を返せ!」
「ナワリヌイの声を奪った政権を倒せ!」
じんたろの“亡霊の歌”が、
恐怖に沈んでいた人々の心を揺り動かしたのだ。
ロロは混乱する街のなかを負傷しているじんたろを背負い、
群衆のなかを混乱に紛れ、空港に向かった。
そして、じんたろをPEACEの救出部隊に引き渡した。
特別ジェット機が夜空へ飛び立つ。
じんたろは隣国の病院へ運ばれ、
ロロはその後を追った。
回復と、二人だけの時間
数週間の治療の末、じんたろはようやく歩けるようになった。
ロロは毎日病室に来て、彼の手を握った。
もう衝撃は起きない。
ただ、心臓が跳ねるだけだった。
ある夕暮れ、
二人は病院の屋上で並んで座った。
「じんたろ……生きててくれて、本当に良かった……」
ロロの声は震えていた。
じんたろはゆっくりと彼女の手を握り返した。
「ロロが来てくれたから、生きられたんだよ。」
風が吹き、
二人の距離が自然と近づいた。
そして──
初めてのキス。
それは、
地球が壊れるほどの衝撃ではなく、
心が震える、本当の衝撃だった。
じんたろは涙を流し、
ロロは彼を抱きしめた。
*****
回復したじんたろは、
PEACEの日本本部からの要請で帰国することになった。
羽田空港に降り立った彼を待っていたのは、
黒いリムジンと黒いスーツを着た二人の紳士だった。
じんたろはそのリムジンに乗せられた。
「どこに行くんですか?」
じんたろは中年のひとりの紳士に尋ねた。
「神さまに会いに行くんだよ、じんたろくん」
とその紳士は言った。
「神さま?」
じんたろはひとりでつぶやいた。
「いや、本当の神さまじゃない。神さまみたいな人という意味だよ」
ともう一人の初老の紳士が微笑んだ。
「誰でも一度、その人とゆっくり話すとそう思う」
「じんたろくんのような若い人と会うのは最近じゃめずらしい」
と中年の紳士が言った。
「でも、じんたろくんの仕事を見れば、あの神さまも会いたくなったんだろうね。ほんとによくやってくれた」
「いえ、何も考えずにやったことです」
じんたろはそう答えた。
リムジンが一時間くらい走って、着いたところは大きなお屋敷だった。東京ドームひとつくらいが入りそうな敷地だった。門を入ってからもリムジンはなお走り続けた。リムジンは古い洋館のような建物の前で停まった。
リムジンで案内してくれた二人の紳士うちのひとりが建物の中でじんたろを先導し、もうひとりがじんたろの後についた。まるで護衛のようだった。
いくつかの扉をすぎて、ひとつの扉を初老の紳士が開けた。
ひとりの白髪の老人がいた。
「よく来てくれた、じんたろくん。疲れただろう」
と、白髪の老人が言った。
「いえ、神さまにお会いできるのが楽しみでした」
じんたろは握手の手に応えながらそう言った。
「ははは、神さまか。そういう冗談は好きじゃない。私は生きている。99歳になる。今年100歳だ」
老人は源田藤五郎だった。
藤五郎は第二次世界大戦で特攻隊として出撃し、
奇跡的に生還した男だった。
戦後は経営者として数々の事業を成功させ、
莫大な財産を築き上げた人物。
そして、PEACE日本中枢の創設者の一人だった。
「じんたろくん、ロシアじゃたいへんだったね」
老人の声は静かだが、
その奥に戦争を知る者の重さがあった。
じんたろは深く頭を下げた。
「藤五郎さん……僕に話があると聞きました。」
老人はゆっくりと頷いた。
「君の歌は、世界を揺るがした。
だが、世界はまだ変わらん。
戦争は形を変え、何度でも蘇る。」
藤五郎はじんたろの目を見つめた。
「それはなぜだかわかるか?」
「いえ、わかりません。それをなぜかずっと考えているんです」
じんたろは藤五郎の目を見つめ返した。
「君の歌を聴いた。いい歌だ。あれは人の心を動かす」
と藤五郎。
「ありがとうございます。神さまにそう言っていただいて光栄です」
とじんたろが微笑んだ。
「神さまは止めてほしいな、だって本当に生きているだろ」
と藤五郎も笑った。
「では、私たちは隣の部屋にいますので」
と二人の紳士が部屋から出て行った。
「君の歌に旗が出てくるね」
と藤五郎が言った。
「ええ、でも、それが何か?」
じんたろが答えた。
「あの旗は国連の旗、つまり青旗かな? それとも日の丸。国旗だな。いやいやマルクスの赤旗かな? いっとき流行った。赤旗をなびかせて国際連帯の歌をうたうのが。ああ、インターナショナルとかなんとか歌ってたな。実は私も歌った」
と藤五郎が言った。
「ええ、あれはPKOをイメージしています。国連の平和維持活動です。紛争地域で停戦の監視や選挙の監視、復興支援などを行うことが平和を保つことと思っていました」
とじんたろが言った。
「思っていましたというのはどういうことかな? 今は違うと?」
と藤五郎。
「ええ、ドンバスに立って、戦地を見て、戦争の悲惨さを見てちょっと変わりました。それに国連には力がない。平和を維持する力がありません。戦争を防止もできない。ロシア軍を撤退させることもできない」
とじんたろは言った。
「ああ、そうか。あの旗、白旗だとまずいかな?」
藤五郎はちょっとおちゃめな表情を浮かべながらじんたろに聞いた。
じんたろは首を傾げた。
この老人は自分をからかってるのだろうか。
それとも本気で言っているのかわからなかった。
