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【読書感想文】理不尽仕事論(文藝春秋)

本書を読んで一番印象に残ったのは、「理不尽な社会をどう攻略するか」よりも、「理不尽さの中でどう情動を失わないか」という本だったことだ。

タイトルだけ見ると社会人向けの処世術や、仕事のストレスとの付き合い方を語る本に見える。

実際そういう側面もある。でも読んでいると途中から「これは仕事論というより生き方の話だな」と感じるようになる。

まずすごかったのが坂井風太さんの理論の厚さ、詳しさだ。そしてコンテンツ摂取量。ビジネス書だけではなく、小説、映画、漫画、演劇、ネット文化まで含めて、とにかく他人の人生や感情に触れ続けている。しかもそれを教養として消費している感じがしない。自分の感情を鈍らせないために摂取しているように見える。

最近はSNSやAIによって「正解」があまりにも早く手に入る。悩みを検索すれば誰かが既に言語化している。仕事論も恋愛論も人生論もだいたい何かしら説明されていれる

でもこの本はそこにかなり強い違和感を持っている。

「あなたの情動だけは、誰にもネタバレできない。なぜなら情動は自分で体験しなければ分からないからだ。」という一文があるのだけど、これはかなり本質的な話だと思った。

今の時代他人の感情を「理解した気になる」ことは簡単だ。苦労話も、成功談も全部タイムラインに流れてくる。でも実際には自分で傷ついた経験や、自分で何かに熱中した経験がなければ、人の言葉はただの情報として通り過ぎていく。

だから最近、「人生を悟ったような若者」が増えているのかもしれない。
効率よく失敗を回避し、最短距離で正解に辿り着こうとする。でも、その結果として「感情が動く体験」まで回避してしまう。失敗しない代わりに、何にも熱狂できなくなる。

この本で繰り返し語られるのは、「情動」や「衝動」を大切にしろ、という話だった。


こういう話だけ聞くと、綺麗事にも聞こえる。でも実際、社会人を長くやっていると分かる。効率だけで生きていると、人はどんどん「躍動」を失っていく。

仕事をこなし、最適化し失敗を避け、空気を読み、賢く振る舞う。それ自体は大事なのだけど、それだけだと、ある日突然「何のためにやってるんだっけ」となる。

その時に必要なのは正論ではなく、衝動なのだと思う。

この本は、「社会は理不尽だから半分で聞け」とも言う。でも同時に「その半分の中で、自分のカードの良さを認めろ」とも言う。全部を真に受けて壊れる必要はない。でも完全に斜に構えてもいけない。その中間を探し続ける感じが妙にリアルだった。

人は「ガチ」になった時しか、本当の意味では感動できないのだと思う。不確実性の中に飛び込み、自分の感情が揺れる経験をしない限り、人生はずっと評論モードのまま終わる。

だからこの本は、「クソが!!」と思った時に読む本というより、「まだ自分の情動が死んでいないか確認する本」なのかもしれない。

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