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読書記録 | 司馬遼太郎 『殉死』

読了日:2026年6月9日

 日本史好き、歴史好きの方は、乃木希典という名を一度は聞いたことがあると思う。特に、近現代史において彼の名は外せない。日露戦争を語る際に、彼が名将(軍神とも言われる)だったのか愚将だったのか、基、迷将だったのか、東郷艦隊の誉と並んで大いに議論の的となる。

 司馬遼太郎はその乃木希典という、(行動に疑問が残る部分もある)陸軍大将を務めた人物について、どこか距離を保ちながら分析をするために(その行動を理解しようとするために)、この随筆とも言えるものを書いた。かくいう私も、乃木希典については、様々な歴史的文献や歴史小説で時折目にする程度で、その生い立ちや、如何にして陸軍大将にまでなったのか等についてはあまり詳しい方ではない。が故に、今一度、日露戦争における第三軍司令官・陸軍大将としての乃木希典という人物を深掘りしてみようとこの本を購入した。

 今なお将軍・乃木希典を讃える人は多い。日露戦争で多大な犠牲を出しつつも、ついに二〇三高地を占領し終えた後、敵将のステッセルと会見をするのだが、普通敗者に帯刀を赦すことはあり得ない。ところが乃木将軍の場合はそれを許可し(明治天皇より「敗軍の将の名誉を重んぜよ」という意向もあったらしい)、外国人記者団に対しては、「敗者の恥を晒すような写真は武士道が許さないが、ステッセルが友人として同列に並んだ姿ならば」と一枚だけの撮影を許した。尚も、ステッセルがロシア本国で敗戦の責任を問われ死刑を宣告された際には、その減刑を求める嘆願書をロシア皇帝に送り、それがためにステッセルは死刑は免れ減刑された。それだけではなく、乃木希典という人は、ステッセルの家族に対し、彼らが亡くなるまでの間、生活費を送り続けたという逸話もある。そういった数々のポジティブなエピソードに触れると、武士道精神と慈愛に満ちた人柄が伺える(ステッセルの件は海外でも賞賛された)。私が乃木希典を批判しきれないのは、そういう内容による。
 その人がどのようにして陸軍大将になったのか、それはその前の歴史が影響していると司馬遼太郎はいう。明治維新以降は薩摩藩・長州藩の出身者が中心となって政権を運営するようになるが、いざ日露戦争という時に他の藩から陸将を選出することができず、多少覚えのある乃木希典に白羽の矢が立った。これが、彼が将来自決するまでの物語の始まりということになる。

 人には得て増えてが必ずある。乃木希典の場合は将軍職(および司令官)には不向きな人だったのかもしれない。司馬遼太郎が総浚いしてくれた内容を読んで、改めて「そうだよなぁ……」と思わされる。なんとなくおっちょこちょいで、なんとなく不器用で、なんとなく意固地で、プライドは多分高くて、「軍人とはこうあるべき」という自分の理想が強すぎて、自分を自分で束縛している。そんな人物像が見えてきてしまう。そうであった場合に、自分で「この仕事は向いてない」と思いながら、様々な思いと理由で辞めたくても辞められず、不器用ながらも作戦を遂行していかねばならない気持ちを考えると、とても居た堪れないしもどかしい。更に不運なのは、伊地知幸介という人物が乃木希典の元で参謀長であったことで、これは酷く同情に値すると思う。
 満洲軍総参謀長であり友人でもある児玉源太郎が彼の前に現れ、あっという間に二〇三高地を陥としたのだが、安堵し肩の荷が降りたと同時に、自分の不甲斐なさに苛まれただろう。
 乃木希典が作戦中に幾度も自殺を諮ろうとしたのには、司馬遼太郎曰く、そういう彼の性分からのようだ。更に司馬遼太郎が言うには、一番最初の失態であった”敵に軍旗を奪われる”という事件が、彼のその後の生命に暗い影を落とさせたのではないか、とある。当時、軍旗はそこまで大事にされているものでもなかったようだが、乃木希典の場合は違っていて、それぐらい「軍人とはこうあるべき」が強いのだ。

 そんな乃木希典は、明治帝の崩御の後を追って自決する。今以て謎なのは、妻・静子も一緒に自決するわけだが、これが本人の意思か、それとも半ば乃木希典に強要された部分もあったのかどうか……。2人の間に息子が2人いたが、この日露戦争において戦場で斃れている。母として息子2人(彼らは軍人になることを拒否していたが、それを乃木希典は受け入れなかったらしい)をほぼ同時期に亡くし、妻として夫を亡くしてしまえばもう生きていく気力もなくなるだろう。であれば、「いっそのこともう消えてしまってもいい」と思ったか。

 ただの歴史上の出来事として、その人物の善し悪しを評価するのは簡単だが、こうして著者の考察、推察と共に思いを巡らせていくと、「人のことなんて”良い人”だとか”悪い人”だとかの、簡単な少ない文字数で評価なんてできないよなぁ」という感想に着地をし、結局議題は明瞭化せず、もっと複雑になっていくのみである。

 あ、ここまでつらつらとあーでもないこーでもないと書いてきたけれど、この本自体は司馬節の効いた読み応えのあるものでした(笑)。

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