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趣味に没頭する時期は周囲になにか変化をむかえてしばらくあとらしい

はじめに


 絵を描くのを再開。何年ぶりだろう。昨今の流り病の時期は格好の取り組むタイミングのはずなのになぜかできずじまい。いまふりかえるとあれほどてんてこ舞いしつつ、家の敷地から出なかったことはない。なにしろ1週間でも10日でも外出せずにすごした。しかも何度も。なぜ絵を描こうと思えなかったのか。ふりかえるときもちの余裕がなかったのかも。

きょうはそんな話。

きもちの面


 これまでをどんなときに熱心に筆をうごかしたのか。いくつかふりかえってみる。

慣れない土地での大学生活にようやく慣れてきてサークルの美術部へ。ここはあとからわかったが、絵を描くよりもおたがいに議論したり、絵以外の活動をしたりのほうが多い。あくまでも絵が各自の共通要素にすぎない。自己管理ができずにサークル活動に没頭してしまい、留年の心配など頭にちらつきあっさりやめてしまう。

つぎの機会。ふたりめのこどもが生まれてしばらくのち。2度目の子育てをふりかえると、ふたりめはいつのまにか大きくなりひとりめとはやはりちがう。もちろん絵の対象として格別。ただしじっとしていない。おやつをわたしてそのあいだに早描き。あるいはすやすやと眠るすがた。やむなく写真にたよる。

転職ののちも


 こどもたちは学校に行きはじめ、家をもちしごとも軌道に乗り定常状態。この時期はどちらかというと思うように描けなず、みずからの絵にとまどいばかり。もう一度基礎から見直そうと画家の先生のもとへ。指導を仰ぎながらデッサンを基礎から学びなおす。

そののち転職。一度は絵に向き合うが中断後にいまに至る。それまでの大きな作品は賃貸へ引っ越すまえに処分した。もちろんあとのことをかんがえて。趣味で描いた絵は、ほかのヒトビトにとってはじゃまなものとしての認識以外はないのがふつう。そうならないうちにすっかり無くした。

ふたたび着手して


 そしてふたたび筆をとる。メインのしごとの学習サポートの店じまい時期がせまっている。さてなにから描こうか。こうして思案するのがじつにたのしい。地元に美術館がいくつもあるのにそれすら最近おとずれていない。いつでも行けると思うと足がむかないもの。おそらく所蔵品や常設品のいくつかは置き換わっているにちがいない。

この地を訪問される方を案内するのに地元にどんな作品があるのかぐらいは知っておかないと「美術を趣味」と言いながらそのくらいは…。

この賃貸のすみかで最低限の絵を描く道具で何が不足しているのか把握しないまま。デッサンにつかうつもりの4Bのえんぴつが見つからない。さかんに描いていた頃はごく身近にふつうにあったのに。

以前のままに


 どうやら記憶違いかもしれないし、引っ越しの混乱にまぎれていっしょに処分したのかもしれない。まあ、いいだろう。またそろえればいい。それにしてもこうした画材店がこの街にみつからない。文具店すら目にしない。はたしてどこまででかければ見つかるだろう。中心街まで出向かずともこの街にあるとよかったのだが。


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