ペーパーレスになった研究室でも卒業論文発表会だけ紙の出番がまだあった
はじめに
もはやペーパーレスで動いているかと思いきや意外なところでまだ紙をつかう機会があった。それは先日おこなわれた卒論発表会。博士前期課程の発表会(つまり修士論文発表会)とはちがい、こちらはポスター形式。中学や高校でも通常の授業や演習でさまざまな発表や報告の機会が設けられておりおなじみ。
じつはボランティアでお手伝いしている大学のこの学部ではコースごとにそこそこの人数をかかえているので、学生さんが各々でつくるポスターでほぼまる1日かけて一斉に発表会をおこなう。そこでおおきな台紙となる紙が登場。ほかでは大規模な学会などの一般講演でもちらほら見かける。
きょうはそんな話。
あまり変わらない
卒業論文発表会はおおかたの学生さんにとってはじめて。大学院に進まない学生さんにとってはほぼ人生で1回きりの経験。当の本人ははじめてでとまどうことばかり。時間の経過とともにあれよあれよと進み、わりとあっさり済んでしまう。
ほぼ同時に進む卒業論文をまとめつつ、同時に間近にせまる就職先に向かう準備などと並行しておこなう。慣れない作業ばかりで頭はいっぱいの状態。
こんな場面では経験者のわたしたちがこまごまとお手伝い。ポスターと決まれば話は早い。まずは発表の要旨集の下書きについて学生さんに添削指導する。しめきりは発表の1週間ほどまえ。数か月のあいだ、中間報告などで得た課題やなにかをどこまであきらかにできたか、一方で残った課題はなにかなど、整理しまとめていく。
ぎりぎりまで
実験の進捗や仕上がりぐあいをみつつ、どこまで要旨に記すか相談する。あまり確度の低いことは要旨に書いてしまうと、発表会で訂正を入れるはめになりかねないので、そこは指導する先生もいっしょにじゅうぶん話し合う。要旨を提出しおわるとこんどはポスター発表の原稿づくり。
ここでセンスが問われることに。すでに中間報告につかい先生方の見極めを得て結果が体裁よくまとまったものがすでにあると楽。その逆ならばけっこうあれとこれとと実験して加えていかねばならない。
まずはここまでは確定というところまでを先に作っていく。ぎりぎりまでねばって腕をあげ、ようやく精度の高い結果や再実験で結果を出せて、発表当日の朝にはじめて点検する内容が加わることも。今回は最後に仕上がった学生さんの分が、掲示しめきり15分前にプリンターの出力を終えた。ぎりぎりセーフ。
上質紙に出力
いつもの中間報告では紙に出力する機会はなくなり、各自のPCからプロジェクターで原稿を投影しつつ発表するのみ。紙を見なくなっていた。年に1回、研究のお披露目と言える卒業論文発表会のときだけ紙に出力。投影してきたものに加えて最近のあらたなデータや結果が上質な紙に印刷される。
出力したものはそれ自体が見慣れないもの。もちろん基本的なスペルミスなどをPCの画面上では何人もの目でここまで何度も点検する。それにもかかわらず、仕上げたはずの紙に出力すると、あっさり論理の飛躍や内容のおかしさに気づくことも。ふしぎなものだが紙の上でようやく気づける、もしくは気づきやすい要素があるのかもしれない。
おわりに
なるべくむだな紙の使用は控えたい。もちろん研究費用を抑える目的だけでもない。下書段階ではもっぱらネット上で共有し合って見直しや訂正をすすめる。もはやそれぞれがどこであってもできる作業に変わった。
紙にふんだんに出力しおたがいにああでもないこうでもないとやっていた20数年まえをつい思い出してしまう。
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