コンクリートやアスファルトの小さなすきまの植物はどうして育つことができるのだろう
はじめに
種子を蒔いて、ていねいに育ててもうまくいかないことがよくある。一方、生えてくるのは無理だろうと思えるせまいすき間に雑草たちが繁るのはなぜだろう。プランターに蒔く種子の数はすこしで、アスファルトのすき間にはまわりから思っている以上に種子があつまり、たまたま運のいい個体が芽をふくからだろうか。
きょうはそんな話。
植物たち
いつも種子を蒔くところから苗をつくり、畑に定植して作物をそだてた。水や温度などの条件がそろわないと発芽しないし、のちの生育も左右される。その一方で、日々管理しているつもりでも畑のなかにはところかまわず雑草が生える。作業のかなりの時間をそんな小さな雑草のひとつずつの除草作業に割く。
帰り道のアスファルトのすき間にセイタカアワダチソウがすくすくと伸びる。この植物はどこに生えても大きくなるが、こんなせまいところでも十分に大きい。だれもここでこの植物を世話しているわけでもなく、わが世の春のごとく大きく育つ。わたしがようやく苗まで育てた野菜たちと何がちがうのだろう。
アレロパシー?
せまいすき間に育つ雑草たち。取ってもつぎからつぎへと生えてくる。しかもけっこう大きくそだつ。むしろ競争相手が出てこないようになにかしらの化学物質をみずからふりまいているのだろうか。
たしかにせまい場所では競合相手と拮抗し合っては共倒れしかねない。相手を打ち負かさないと生きていけない。弱肉強食の世界といっていい。いくらでも根を伸ばせる畑とちがい、アスファルトに覆われた周囲へかんたんに根を張れない。そんなすきまにいったん根を伸ばされると手作業では容易にとりのぞくことは難しくどうしても残りがちに。するとその残った根からまたあらたな芽が伸びはじめる。じつに強健。農作物にこんな性質があればいいのにとよく思っていた。
レモングラス
販売所に栽培したハーブを出していた頃。レモングラスの栽培を思いついた。どうみても姿形は雑草のカヤにそっくり。手で葉をもんでようやく「レモン」によく似た香りに気づける。外見は区別のつかないカヤにはこのさわやかな香りはもちろんない。したがって畑に植えて育ちはじめると、はたけにいる父から、あのカヤを抜いていいかとよくたずねられたほど。「葉をもんでみて⋯」と何度か説明するのだが、なかなかわかってもらえなかった。
ところがこのレモングラス。家の庭先に使いたいときに便利だろうと苗を定植。陽当たりのよい場所なのになかなか根付かない。畑と違いここではまわりにさまざまな植物を植えている。
畑では肥料もろくすっぽやらないのにカヤのように旺盛に繁茂するのに。庭ではいまひとつ元気がないし、しばらくするとほかの植物に負けてしまう。どれが原因だろうとしばらく観察。いくつか思いあたる植物の候補はあったが判然としなかった。こちらも不思議といえば不思議。
おわりに
植物はなにかしらまだわたしの見知らぬ性質を持ち合わせていると感じる。その科学のしくみにすこしでも迫ることができたら。
なかなかそれを知るためには念のいる実験をさまざま行わねばならないだろう。一方で、くふうにより意外とシンプルなかたちで解明に近づけるかもしれない。きょうもそんなふうにすきまに育つ植物を横目でながめている。
こちらの記事もどうぞ
広告
