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久しぶりの大きな買い物をするので年相応で耳従うことに


はじめに


 車を買うのはけっこうな出費。そのいきさつを先日記した。

車は、家や土地に次いで大きな買い物のに違いない。それだけ頭をフル稼働させて選びたい。当然、ひとりよりはふたり分の脳みそを使うほうがよく、今回は息子に協力を願った。

きょうはそんな話。

もはや耳順


 シニア世代の端くれで世に疎い。もはやわたしの判断だけで車を購入するのは心もとない。こんなときは時代の趨勢を感覚で読むのに息子の協力を願うのが肝心。もはやわたしの選択の範疇では発想が凝り固まり、堂々巡りを繰り返すばかりで新鮮味を感じない。年を重ね、慎重になりすぎ、既定路線に頼るばかり。もはや買う物を広い範囲から選ぶチャンスはそんなにないかもしれない。せっかくならばとすこしだけ車に対して面白みを感じられる選択をしようと思った。

そこで息子になけなしの予算を伝え、この範囲で自由に探してもらえないか、そのなかから選んで実際に見てくるからと伝えたところ、たちどころに応答してもらえた。日をまたがずに良さげな、しかもわたしの車の好みをそこはかとなく感じられる候補を新車、中古車にかかわらず示してくれた。

ほかにも


 わたし自身もそれなりに気をつけていたつもり。使っている車は古くて、修理が追いつかないぐらいになりかねない(実際にそうなってしまった)。代替車の候補ぐらい日ごろから頭に入れておこうと、相場を知るつもりでたまに売りに出される車をネット上で見ていた。これはたしかに役立った。

今が買い替えのチャンスかどうかは後にならないとわからない。買い替えのタイミングなのは間違いない。息子からこれはどうかと矢継ぎ早に案内を届けてくれ、そのたびに新たな視点が増えていく。期待していたとおりこちらの意図したように新しい切り口を伝えてくれる。

日ごろ使っていない頭の部分が存在したんだと思うのは久しぶり。心地よい疲れというか何というか、どこか違う。つまり幸福感に浸りながら選ぶ楽しみといったところか。旅行にしろ、家を建てるにしろ計画段階であれこれ選んだり考えたりする段階こそが楽しい。どれも半分はそんな楽しみなのかもしれない。

車選びも


 こうして改めて車を選ぶと、低価格域でも工夫次第でさまざまな選択の余地があると知れた。車選びも両手がいるほどの経験を経て、もはや終盤が近い。ある程度車を楽しめる余地がわずかでも欲しい。手放す車ではそれを味わえたので満足。手がかかり世話を焼いたほうだが、いい車だった。

そんな車を一度知ってしまった点ではそっけない車にもどるのはどうかと思い切ることにした。多少ぜいたくかもしれないが、わたしはどこかそんなところがある。こだわらないと言いつつ、じつはどこかに一点だけ意固地で頑固なところをあわせ持つ。

車選びにもそんな性格が出るのかもしれない。いやもうじゅうぶん出ていると言っていい。今回そんななかから選んだ車について、「よくこれを選んだね。」と候補を示してくれた息子ですらそう言う。予想のうちでは「大穴」的存在だったのかも。身近な数人もそんな反応を示す。むしろ大丈夫かなという反応かもしれない。

おわりに


 車選びにはそれなりに人柄が出がちなのかもしれない。そんな周囲の人々の反応から判断すると、わたしの日常は慎重寄りなほうに見られがちなんだなとあらためて思った。わたしはいざとなると思いの外、突飛な発想と行動をしますよと今一度ここで言いたい。


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