「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」をオススメしたい理由とは|時空ラボ
昨今の推理小説は、謎解きがどんどん複雑になってきました。
例えば、文章のテクニックで読者をミスリードさせるような叙述トリックが代表的ですね(私は好きです)。
一方、「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」(ベンジャミン・スティーヴンソン)は、読み手に対して嘘をつかず、誠実(公平)であろうとします。
しかもこの試みは単なる古典回帰ではなく、新たな価値を感じさせてくれるものでした。
◎個人的な評価
★★★★★
オーストラリア発の推理小説です。タイトル通り、「ぼく」を含め家族の全員が、誰かを殺したことがあるというのですが……?
◎「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」の紹介
「ノックスの十戒」をご存じでしょうか。
いわゆる推理小説を書く際のルールを定めたもので、ミステリーが好きな人なら耳にしたことがあるかもしれませんね。
本書にも記載があるのですが、一応まとめておきます。
1. 犯人は物語の序盤に登場しなければならない。ただし、読者がその思考を追える人物であってはならない。
2. 言うまでもないが、超自然能力を使って事件を解決してはならない。
3. 隠し部屋や秘密の通路はひとつしか使ってはならない。
4. 犯行には、未知の毒物もしくは最後に難解な科学的説明が必要となる器具を使用してはならない。
5.(この項目はいまの時代にそぐわない言い回しなので削除させてもらう)
6. 偶然の出来事や説明のつかない勘により、正しい答えを導きだしてはならない。
7. 探偵自身が犯人であってはならない。
8. 探偵は読者に明かしていない手掛かりにより事件を解決してはならない。
9. 探偵の愚かな友人である“ワトソン”は、頭に浮かんだ考えを読者に隠してはならない。また、ワトソンの知性は読者よりもごくわずかに低くなければならない。
10. 双子の兄弟や一人二役を登場させる場合は、通常、その存在を予め読者に伝えなければならない。
「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」の語り手(ぼく)は、アガサ・クリスティーやG.K.チェスタトンなどによる黄金期のミステリーが、昨今のトリックものより誠実であるとし、本書も十戒を意識しながらストーリーを進めていくと宣言します。
さらには自らを「信頼できる語り手」と呼び、その証明として、人が死ぬ描写が何ページに記されているか、プロローグでもう明らかにしてしまうのです。
この行き過ぎた(?)フェアネスは、本書の途中でも何度か出てきて、意外とこれが面白かったりします。
◎「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」の感想
肝心のストーリーは、「家族」それぞれにフォーカスしつつ、謎解きが進んでいきます。

そうなると時系列が前後し、本小説の複雑さが増すわけですが、何かが明らかになったり、何かの謎が深まったりしながら前進していくので、軽妙な語り口と相まって一気に読ませてくれます。
約500ページもの大作ながら、途中だれずに読み進められる小説は、意外と珍しいのではないでしょうか。
◎「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」をオススメしたい理由
本書の「家族」とは主にカニンガム家を指すのですが、各々に人を殺す(殺した)に至る事情があります。
それらは徐々に明らかになるわけですが、いったい何が本当の事件なのか……正直なところ読み手は見失いそうになります。
そのぎりぎりのところで交通整理をするのが「信頼できる語り手」(ぼく)であり、読者の思考が明後日の方向に寄り道しないようコントロールしてくれるのです。
語り手が信頼できる上、内容を途中整理してくれることから、複雑なストーリーもすんなり頭に入ってきやすく、これこそが一気に読めた秘訣なのでしょう。
「ぼくの家族はみんな誰かを殺してる」は「ノックスの十戒」を制約ではなく、上手に利用したミステリーです。
いわゆる古典的な推理小説に陥る可能性があったかもしれませんが(それでもいいですが)、個人的に本書はむしろ新しさを感じさせる稀有な作品に思えました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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