「イン・ザ・メガチャーチ」をオススメしたい理由とは|時空ラボ
押し活を仕掛ける人、その仕掛けに乗せられる人、強制的に押し活を中断された人。
「イン・ザ・メガチャーチ」(朝井リョウ)の世界では、誰もが幸せを求めているにもかかわらず、破滅的な結末しか予感しかありません。
それは本書の3ページ目で、早くも決定していたように思うのです。
◎個人的な評価と所感
★★★★☆
3人の登場人物が押し活に関わることで、人生を変えていきます。我を忘れて物語に没頭し、視野を狭めることが、押し活を加速する……そうしたメカニズムをややカルト的に描いた小説に思えました。
◎「イン・ザ・メガチャーチ」の紹介
レコード会社の経理財務部で働く久保田慶彦は、40代後半を迎え、ある境地に至ります。
人生とは、これまでやってきたことが還ってくるものだと思っていた。(略)今後還ってくるのは、これまでやってきたことよりも、これまでやらなかったことのほうなのかもしれない。
やらなかったこと……。
それは、仕事にかまけて家族と会話してこなかったこと、家の中でも生産性のある人間として動かなかったこと、仕事で得た肩書が通用しない場所で他者との関係を築いてこなかったことです。
そうしたツケが、7年前の離婚、盛り上がらない娘とのビデオ通話、独りで啜るインスタント味噌汁に現れているといいます。
これは身につまされますね。
やらなかったこととは、仕事を優先し視野が狭まった結果でもあるのでしょう。
まだ読み始めたばかりですが、既によからぬ結末が暗示されているように思います。
とはいえ、そんな久保田は、かつての仲間から声を掛けられ、男性アイドルグループのファンダム(押し活のコミュニティ)を醸成するプロジェクトに参加することになりました。
◎3人の視点からストーリは進む
ストーリーは久保田を含め3人の視点を切り替えながら、どんどん進んでいきます。
内向的な性格(MBTIはINFP)の大学生、武藤澄香は、久保田の仕掛けもあって、アイドルグループのメンバーの押しに目覚めました。
契約社員の隅川絢子は、押しの舞台俳優が急に亡くなったことで、世の中に不信感を抱き、形を変えた押しの活動、すなわち陰謀論にはまっていきます。
それぞれのきっかけとしては、後から振り返れば思い当たるポイントがいろいろ挙げられることでしょう。
ただ、何かに夢中になるというのは、そこにレールが引かれているわけではなく、偶然的な要素が複合的に絡み合うことで、生まれてくる感情なんだと思いました。
この3人に共通しているのは、大小関わらず悩みを抱えており、そこから精神的な隙が生まれ、そして変化が訪れた点でしょうか。
新しいプロジェクトへの誘い、友人との距離感の認識、推しの死……。
理性を保てていることを確認しながらも、彼および彼女らは生活のバランスを押しの活動へと傾けていくのです。
◎なぜ押し活にはまってしまうのか
押し活に没頭している時間は幸せでしょうね。
自覚のないまま視野が狭まった世界には、これまでのルールとは異なる中に新たな仲間がいて、濃厚な関係が生まれやすいことはイメージできます。
それを加速させる触媒が「(計算された)物語」であり、押し活に没頭する正統性を与えてくれるのです。
そんな押し活は、ますます心のよりどころになっていきます。
ただし、このメカニズムがもたらす先に、おそらくよい結末が待っていないことは、私たちにとって想像に難くありません。
少し自身を振り返ってみると、私は推し活のように全力で夢中になる対象を持ったことがなく、そのことを残念に感じたりしていました。
そもそも、そういう熱量を持ち合わせていない気がします。
本書ではこのように書かれていました。
物語に没入して視野を狭められるというのは、ある種の才能なんです。
これが、自身のエネルギーを全力で推し活に投入できる人との違いです。
良い面、悪い面があるにせよ、私もこれは一つの才能なんだと思いました。
◎「イン・ザ・メガチャーチ」をオススメしたい理由
通常、三者三様を描いたストーリーは、一つに交わり、そして収束していくものです。
いずれ登場人物同士がリアルに関わりを持つであろうことは、読み始めから意識していましたが、本書ではいつどのように迎えるのか、ずっと気になっていました。
つまり「イン・ザ・メガチャーチ」は、その決定的な事態が発生するのを分かっていながら読み進めていく小説なのです。
そんな本書は、押し活を(健全に)楽しんでいる人にはオススメしにくい気がしています。
気まずいですよね。
そういう意味からすれば、本書は押し活への踏み込み具合を見極める踏み絵なのかもしれない……。
誰もが押し活にはまる可能性が示唆されていることを踏まえると、私が無邪気にこの小説を楽しめるのも、今のうちという可能性がありますね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
以下のマガジンでは、いろいろな書籍の感想文をまとめているので、よろしければ覗いてみてください。
