言いたいことが言えなかったのは、性格のせいじゃなかった
自分の気持ちが分からない。
そう気づいた瞬間、
衝撃でした。
言いたいことが言えない。
それは、性格だと思っていたからです。
頭の中では、いつも何か考えてる。
でも、いざ口にしようとすると、
言葉が出てこない...
「まあ、いいか」
「今じゃなくてもいいか」
そうやって、
何度も飲み込んできました。
それが当たり前すぎて、
おかしいとも、
つらいとも、
はっきりとは思っていなかったのです。
だから、
「自分の気持ちが分からない」
と知ったとき、
頭が真っ白になりました。
自分の気持ちが分からない。
自分のことなのに?
それは、アダルトチルドレンの特徴らしい。
アダルトチルドレンという言葉を知ったとき、
何かモヤっとしていたものが、
はじめて形が与えられた気がしました。
そして、“生きづらい”という言葉と出会った。
「ああ、私、生きづらかったんだ」
そう、体が反応しました。
私は、アルコール依存症の家庭で育ち、夫はギャンブル依存症でした。
自助グループにつながったのは、
正直に言えば、
夫を変える方法があるかもしれない、
そんな期待があったからです。
でも、そこで何度も聞いたのは、
「他人は変えられない」
「変えられるのは自分だけ」という言葉でした。
最初は、
「私、悪くないのに」
「なんで私が変わるの?」
そう思いました。
それでも、
夫が変わる可能性より、
自分の何かが変わる可能性の方が、
まだ現実的だと感じたのも事実です。
みんな、そんな雰囲気だったし、
私も流れに乗るように、
自分に矢印を向けてみました。
ところが、
いざ自分を見ようとすると、
何がつらいのかも、分からない。
どうしたらいいのかも、分からない。
依存症の対応を学び、
それを家族として実践することは、
私にとって、
清水の舞台から飛び降りるような感覚でした。
なかなか行動できない自分。
自立できていない感じ。
自分をうまく扱えない感覚。
そのとき、
私ははじめて、
「自分が無い」という感じに触れたのだと思います。
空っぽ、というより、
自分を基準に感じたり、選んだりする感覚が、とても遠かった。
ずっと、
誰かの期待や、
場の空気を基準にして、
生きてきたような感じ。
自分の人生なのに、
ハンドルの位置が分からない。
そんな感覚でした。
その後、自助グループ
アダルトチルドレン・オブ・アルコホーリックス(ACoA)
にも足を運んだりしました。
プログラムで、
過去も振り返りました。
それが助けになった部分も、確かにあります。
でも、私にとって転機になったのは、
ずっと後になって出会った考え方でした。
「嫌を見る」ということ。
「嫌はお宝」だと聞いたこと。
それまでの私は、
嫌なことは、気にしない方がいい。
問題にしない方がいい。
意味づけを変えた方がいい。
そんなふうに考えていました。
だから、改めて
「自分は何が嫌なのか」を
じっくり見る、という発想は、
私にはありませんでした。
でも、
嫌の下には、自分の「したい」がある。
そう聞いたとき、
「あ、嫌と思っていいんだ」
ホッとした気持ちになりました。
どこかで、
「嫌だと思ってはいけない」
と思っていたのだと思います。
(これについては、
改めて書きたいと思います)
そこから少しずつ、
体感を言葉にすること。
アイメッセージで語ること。
自分を語る練習をすること。
そんな積み重ねの中で、
自分の輪郭が、
少しずつ戻ってきました。
生きづらさが、
一気になくなるわけではありません。
でも、
分けて見られるようになると、
対処できる。
選び直せる。
減らしていける。
それだけで、
自分の人生の操縦席に、
そっと戻ってきたような気がしています。
