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生と死の境界線❷ 入魂の頭突きを見た日

先日、

「生と死の境界線 魂の足音を聞いた日」

というのを書いたのですが、

思い返すとこういう事、まだあったかも!

と筆をとる、いえ、パソコンに向かった次第です。


改めまして、ご機嫌よう。


この題名の通り、


この世にはもういないはずの人の 


「入魂の頭突き」


を見た日の事を書こうと思う。




前後の記憶は曖昧だが、頭突きの瞬間は鮮やかに覚えている。


あれは25年以上前、一緒に暮らしている祖父がスキルス胃癌で亡くなった。


祖父は長年パーキンソン病を患った祖母の介護をしてきて、祖母を看取った約1年後だった。癌が見つかってからは半年もない。

こう書いてしまうあっという間だけれど、祖父にとっては苦しい、家族にとっても苦しい半年であった。


祖父は体格も含め加山雄三似の中々のイケおじで、気が強くはっきり物を言う逞しい人であったので


「100歳まで生きるのでは!」


と言われていた。



人の寿命は分からない。
71歳でこの世を去った。



家族は癌を告知しなかったが、何か悟っていたのかもしれない。


祖父は祖母が亡くなってから毎日仏壇に向いお経をあげていた。祖母への供養と共に、自分を整えようとしているかの様に見える祖父の背中を思い出す。


闘病中のある日の祖父の穏やかな笑顔。
そんな風に笑う事あったかな?妙に寂しさを感じた。


あれだけうんざりしていた暑い夏の終わりに、妙な寂しさを感じる様に。
暑い暑いと思っていたら、すっと吹く秋風が予想外に冷たく肌に刺さる。

そうだ、夏の終わりはいつも寂しい。
夏の暑さは大嫌いなはずなのに。


祖父は実の娘である私の母と折り合いが悪く、いつも大声で喧嘩をしていたので、怖い印象があった。


そんなに優しく笑えるのかと。
そんなに優しく笑うと、消えてしまいそうで。


癌が全身に転移して壮絶な痛みを耐えて亡くなった祖父。
病院から家に帰ってきたその顔は、とても穏やかで微笑んでいる様だった。

祖母の時の様に魂が身体から抜ける瞬間には立ち会えなかったが、きっとその瞬間は全ての苦痛から解放されたのであろう。


そうでないと、こんな穏やかな顔にはならない。


そうであってほしい。




祖父の四十九日法要の前の日の事だった。


祖父といつも大声で喧嘩をしていた母が、仏間で祖父の事をすごい勢いで貶し始めた。


何故その流れになったのかは覚えてないが、堰を切ったように大声で始まった。
言い返してくる相手はもう骨になっているので、母の独壇場。


私は仏間の隣の部屋で



「亡くなってまで、まだやるのか。
 もういい加減やめなよ。」



と、呆れながら母を見た瞬間



ガタン!!



仏間の天井の電気の笠が、母のおでこ目掛けて落ちてきたのである。



!!!!!



母は衝撃でうずくまった。
おでこが真っ赤になって、腫れてきた。


こんな事って、ある!?



これを



入魂の頭突き!!!



と言わずしてなんと言おう。



母は痛いとか、まだ何だかんだと言っている。

私は祖父の逞しさに何だか可笑しくなって笑ってしまった。

そんな私に母はまた何か言っていたと思う。
何を言っていたかは、忘れた。


電気の笠が外れて落ちたことは、後にも先にもこの時だけだった。

母は母なりに寂しさや、まだ受け止められない感情を表現していたのかもしれない。


祖父とは怒鳴りあっていたが、いつも投げたボールは帰って来ていた。


今はいくら投げても帰ってこないボールを1人投げ続けている。


とても滑稽で、とても悲しい。


入魂の頭突きは、祖父なりに最後に投げ返したボールなのかもしれない。



何て不器用な親子なんだろう。


不器用過ぎて、泣けてくる。











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