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30年前のウクライナ訪問・思い出・経験・印象6、オデッサ5 居候で過ごした10日間 その1

このページは、大事な思い出に、
あの日のみんなとの記念に、ここに記す。
あの時に戻れるなら一瞬でも戻りたい。
会えるなら会いたい。


  ー ー ー


(目次の「最近のポップス」と
「小さい事件と古代宗教」に続く
「宗教みたいなものって?」のあたりで
  陰謀”論”に通じる自分の見解を挿んでいる。)

オデッサの
サーシャとオーリャ宅の滞在記


高台のオデッサでは
夏の昼間は、戸外は暑いが、
午後からは海風に吹かれて最高だった。


今回は、
オデッサのサーシャとオーリャの家での話。

この家に受け入れてくれたオーリャとは
歳が近かったせいか、とても打ち解けた。


家のある通り

家の前の通りは、当時はゲフタ通りという名だった。
高台で眺めが非常に良いので、
帝政時代の貴族や富裕層の
別荘と思われる、美しい造りのお屋敷が
細い道路の片側だけに並んでいた。

道路の反対側は空き地になっていて
その先の森は、はるか下の海岸まで続いていた。
家の前から見ると、道路を隔てて
緑の向こうに海と空が広がっているのである。
(表紙の写真はGoogleMapのストリートビューからのスクショ)

1日中でも見ていられる素晴らしい光景だった。


サーシャの仕事

夏の長期休暇でサーシャは毎日家にいてのんびりしていた。
教会の仕事で給料を貰っている(ボランティアでなく)というだけでも少し驚いたが、
休暇が長期でもらえるという事も、日本人にとって驚きだった。

サーシャの仕事はもう一つあった。
2軒隣の元お屋敷が幼稚園で、
そこの管理人もしているという事だった。

(数日後に、お別れパーティをしてくれた時、
そこの広いベランダを利用した。
夏休み中でも、管理人は鍵を持っているので使える…)


サーシャとオーリャの家で

登場人物

ワロージャ この家に連れてきてくれた人、
      サーシャと友達

・お世話になった家族
サーシャ 主人、ちょうど休暇中
オーリャ サーシャの奥さん、当時子育て中で仕事なし
マーシャ 夫婦の娘、2歳の女の子
シームカ 飼い猫 (ワロージャの娘シーマの名前から)
お祖父さん 一緒に住むサーシャの父か祖父80代位
(奥の部屋へは彼の部屋を通過するが、
 話しかけてくることはなかった)

・同じアパートの住人
ヂーマ 隣の男子高校生
    (後述 ”マーシャとお留守番”で)
オーリャ 別の家の女子大生
キリル アパート中庭の小屋に
    モスクワから家族と来ている小学生

ナターシャ 家長のサーシャの従妹


文化交流その1、漢字で名前を

海外で人と知り合った時、
漢字とひらがなとカタカナでその人の名を
書いてプレゼントすると喜んでもらえる。
漢字の意味も説明する。

この時も、家や近所の人達にも
書いてプレゼントしていた。
自分の名前なので、みんな興味津々である。

漢字はиероглиф (いえろーぐりふ、と読む)と授業で習っていた。
ずっと後、日本のTV番組でエジプトの特集を
していた時、学者が ”象形文字” を
”ヒエログリフ”と呼ぶのを聞きハッとした。
漢字ってそういえばもともと象形文字だった事を再確認


文化交流その2、箸

多分、珍しいだろうと思い
日本から箸を何膳か持って行っていた。

この時は会社や学校へ持ち歩く弁当用の
プラスチックの箸を携えていた。

物を食べる時に、これを出して使うと
みんなが珍しがるのが面白かったので。

オーリャや隣のヂーマに使い方を教えていた。

別れ際にはヂーマにあげた。
オーリャも欲しがったけど、
きれいな塗りの箸を後で送ると約束した。


文化交流その3、カチューシャの歌

台所でお茶の時、”カチューシャ”の歌の話になった。
この歌は日本語でも知っていたので、
紙に日本語の歌詞をキリル文字で書いて
見せると何度も口ずさんで覚えていた。

日本語の「やさしく」の所でニヤリとする。
ちょうど隣のヂーマが遊びに来たので
歌って聞かせると、やはり同じ場所で一瞬ニヤリとする。

何故か、その訳をなかなか教えてくれない。
ヂーマが帰ってから訳を聞くと、
オーリャは辞書を開いて1つの単語を指さした。
普通に使える単語(動詞сасать)だが、
場合によって意味深な連想が…((笑))💦(失礼)

”カチューシャ”の替え歌
”カチューシャ”ついでに、オーリャは替え歌を口ずさんだ。
すると、サーシャが「そういうのは教えちゃダメ」とたしなめた。

なので、サーシャが部屋を出た後で教えてもらった。

ちょっと言葉が悪いような歌だが、
思い出の為、ここに記しておく。
Расцветали веники в сарае
Поплыли кароши по реке
Выходил директор магазина
Ему палкой дали по башке
(カチューシャのメロディーで)
意味はくだらないけど特にひどくもない。


また、歌ついでに、オーリャは”ベサメムーチョ”を
スペイン語の歌詞で教えてくれた、
ただし表記はロシア語(キリル文字)で。

*カチューシャはこんな歌 ↓
https://www.youtube.com/watch?v=4D-Ch5RK4LA
(日本のアニメから声優の上坂すみれが歌う”カチューシャ”)


文化交流その4、ダンス

家の前の空き地で
日本の踊りを紹介するには、盆踊り、と
炭坑節しか知らないのでその断片を見せた。
「月が~出ーた出たー、月がー出たー」

若い頃所属した都内の社交ダンス・クラブで
覚えたルンバも少し踊って見せた。
オーリャは動きに興味を持ったようだ。


ヂーマは小学校で習いそうな
ユダヤのダンスを踊ってくれた。
メロディーを陽気に口ずさみながら。
皆で手拍子を打って盛り上がった。



オーリャも別ジャンルのダンスを披露した。
オーリャは体を動かすのが得意。

当時は育児中の為仕事はしていなかったが、
ダンサーの仕事をしてみたいと言っていた。
若さゆえ、色々やってみたいのだと思った。

別の日…
ダンスの仕事の件で話を夫婦で聞きに行く
ことにしたらしくベビーシッターを頼まれた。


この家の前の空き地で時間を過ごしていた。右手には林越しに黒海が見える


マーシャとお留守番

「今日出かけなくてはならないの。
マーシャを見ててくれる?」
マーシャは2歳の女の子。
周りに人が多いせいか、多少緊張しても、
あまり人見知りはしていないようだ。

一方、
自分は周りに小さい子のいない環境で育ち、
子守をしたこともないため、シッターはものすごく不安だと伝えた。
「大丈夫!ヂーマも一緒だから…。」

ヂーマ

高校生のヂーマは同じアパートの住人で、母子家庭らしい。
時々、父が車で会いに来てお小遣い(?)を
渡しているようで、滞在中2回見かけた。
忙しいのか、車から降りずに窓を開けて
ちょっと言葉を交わすと去ってしまう。
一瞬ヂーマは寂しそうな表情を浮かべる。

夏休み後半で暇なヂーマは、外にいたり、
遊びに来たりで、よく顔を合わせていた。
毎日話していたし、マーシャも遊んでもらっていた。


というわけで半日、安全に気を使いながらも
家や前の通りや空き地で3人でのんびり
お留守番をして、過ごした。

別の部屋に住む女子大生のオーリャも
出てきて加わったり、消えたりした。
(こちらのオーリャは、7-8年前、
夫のメールから連絡をくれた。
が、離婚後、連絡はつかなくなった。)


サーシャ一家流パンの食べ方

マーシャがパンが食べたがったので、キッチンのパンケースから取り出すと、皮をはがすように食べていた。面白いと思って眺めていたが、 

こんなパン 固めで食パンともフランスパンとも違う食感
https://osoroshian.com/archives/42789739.html

後でオーリャに聞くと、焼き目が付いてて
香ばしく、家族みんな好きなのはだそうだ。
パンケース内を覗くとパン形のまま無残にも
丸裸の、一回り小さい、ボロボロの白い中身が残っていた。

新しいパンを買っても、みるみるうちに皮が剥がされていくのだった。


マーシャ と シームカ


オーリャがいないとネコのシームカは
テーブルの上に乗ってきてしまう。
小さなマーシャはまだあまりしゃべれないが
シームカがテーブルに乗ると
”Брысь!" (ぶるぃし)と言っていた。
後にオーリャがそっくりに言うのを聞いた。

”降りろ”という意味か? とりあえず覚えた。
今日、これを書くに当たって辞書を引いたら
「(間投詞)しっ!(猫を追い払う声)」と、
だけあった。


  ー ー ー

夏の過ごし方

家の中庭で

お屋敷アパートには、草(自然)の中庭があり、
ベンチも設置され、くつろぐこともできた。

中庭にはいくつか小屋があり、
夏のバカンスを過ごす人達がいた。
海辺の民宿に長期滞在している感じである。
(誰かと親戚か友達かもしれないが聞いていない。)

小学生の男の子キリルも、2歳の弟と家族で
モスクワから来たと言っていた。
お母さんがそこで調理しているのも見かけていた。

夜は暗い中庭のベンチで皆で夕涼み、集まって
おしゃべりしていた。
飲酒する人がいたか覚えてないが、老若男女が
集い、コミュニケーションを楽しんだ。

子供達もその周りで遊んでいて、
キリルの小さい弟や、マーシャも時々いた。
小さい子たちは少しすると、寝かしつけの為に部屋へ戻される。

2歳の弟がベンチの隙間から後ろに落ちたことがあった。
どうなる事かと皆で見ていると、彼は立ち
上がり「急いで急いで」とつぶやきながら
ママのいる部屋へ駆け戻った。
室内に消えた直後に大きな泣き声が
聞こえたのを聞いて、みんなほほ笑んだ。


  ー ー ー


少年キリル

小学生のキリルは元気な男の子で、昼間は
走り回っていて、ヂーマとも遊んでいたし、
おとなしい大学生のオーリャとも、
ナターシャが来た時には一緒に散歩もした。

ロシア人もウクライナ人も大好きな
ヒマワリの種を食べながら歩いていた。
「こうやって新聞紙で袋を作って入れる」と
キリルは新聞紙で三角型の袋を折って作り、
そこに種をバラバラと入れて持ち歩く。
むしゃむしゃ食べながら散歩する。
食べ慣れている彼らは、口の中で器用に
皮を剥いて食べているようだった。


  ー ー ー

従妹のナターシャ

サーシャの従妹ナターシャが時々遊びに来た。
女子高生の彼女は旧市街地でなく
新興住宅地の団地に住んでいる。

彼女は時々訪れているらしく
この界隈の住人たちとも知り合いだった。
ナターシャとも会話は弾んだ。

「家に遊びに来て」と言ってくれた。

行っても良かったのだけど、オーリャが
「行っても面白い所じゃないよ」と遮って
焼きもちからかな、と思いつつ、その時は
オーリャの意見を優先した。


夏休みは3か月もあるお国柄なので、
後半になると暇を持て余してくるのだ、
と別な人から聞いた。

ナターシャも暇を持て余していたのかな。
高校生だし日本人を見せびらかしたかったのかな。

(ちょっと行ってみたかったな…)


  ー ー ー


流行のポップス

よく聞くけど何の曲?

1家に何台もテレビがある時代ではなく、
ラジオは台所の定番だった。
オーリャと話している時も、よく聞くこの曲が流れてきた。

「これ、何て言ってるのか聞き取れる?」とオーリャが聞く。
「Happy Nationって聞こえるけど…」
「 Счастливая нация???」(訳Happy Nation)
でも、変だな、そんな内容のポップスなんてあるか??と
2人で話して、そこで終わってしまったが。

”Happy Nation”

これを書くにあたって調べてみたらあった、これだ! ↓↓
本当にHappy Nationだった。

この曲だ、間違いない、懐かしい。
ずっと探していた物、見つけた!!
今になって見つけられるなんて。
あの頃、よくかかっていたな、あちこちで聞いたな~。

YouTubeで視聴してみた

しかし、
今回この映像を見ると少しオカルト的だ。
ミュージシャンが有名になると、
病むことが多い気がする。気のせいか…

Wikiで日本語の紹介はないので、
日本では流行ってなかったのかな。
https://en.wikipedia.org/wiki/Happy_Nation_(song)
https://en.wikipedia.org/wiki/Happy_Nation

グループは紹介されている。

ここ ↑の下の「スキャンダル・事件」の項目に”Happy Nation”が言及:
(ファーストアルバムがヒットした後(1993年?)、ウルフが10代前半にネオナチ団体に所属していたことと、アルコールドラッグに手を出していたことが発覚。ウルフはこの件について釈明し、バンドは反ファシストを歌った「Happy Nation」で決別を明らかにした。)



  ー ー ー

海水浴

海水浴へ

サーシャとオーリャ達の家からビーチまでは
斜面になった林を下りるだけだ。

その日、ビーチへ誘われ、
皆で林の中の散歩道を下っていく。
アパートのメンバーも一緒だ。

マーシャと鉄棒

林の途中の公園に遊具があり、大人用の高鉄棒があった。
スポーツ系のサーシャは懸垂などを軽く披露してくれた。
かっこいい、と皆ではやし立てる。

次は小さな娘のマーシャを高く抱っこして
鉄棒を掴ませると、パパが手を放しても
高い鉄棒を掴んだまま平気でぶら下がっている。
「足を挙げてごらん」とパパが言うと、
何と両足を前に上げていく。
「もっともっと上がるかな」というと、
どんどん上へあげて、とうとう鉄棒を
握っている両手まで 足先を持ち上げた…
驚いた! 2歳で既にすごい運動能力!!

ビーチが有料に

ビーチへ着いた時、どこからでも入れる筈の
ビーチの道路際に長く柵が張られていた。
オーリャの話によると ”今までなかった”
入り口もでき、若い男が入場料を集めていた。
つまり、それまで囲いなどなく、
誰でも自由に利用していたみんなのビーチが
突然有料になったという事らしい。
それを近所に住む彼らでさえ知らなかった。

オーリャはマーシャを片手にだっこすると
強気になり、その若者に食って掛かる。
「近くに住んでていつも来てて
今までお金払ったことなんて1度もない、
何でこんなことしてるの、
みんなのビーチなのに。
誰が儲けているの?信じられない、
私たちは払わないわよ。」
散々文句を言って、
すたすたと入っていくオーリャの後姿を
若い男がポカンと見送っている間に、
うちの集団は黙ってぞろぞろと後に続いた。

初めての黒海での海水浴

自分にとって初めての黒海での海水浴だ。
ここで溺れるわけにはいかないので、
慎重に、波打ち際からあまり遠くへ行かずに
少し泳いだりもして遊んだ。
甲羅干しもしたが、おかげで
背中が大変なことに・・・。

どこのビーチでも出店のラジカセから
陽気なポップスが聞こえるものだが、
そこでもHappy Nationが聞こえていた。


  ー ー ー


小さい事件と古代宗教

行方不明事件

ある時、家の前の空き地に皆でいると、
停まっていた車から不安げなおじさんが出てきた。
何かサーシャに話しかけた後、前の森に入って行った。

子供がここで降りてから、どこかへ行ってしまったらしい。
行方不明か?と小さい男の子をイメージし、
自分もその辺を一緒になって探した。

見つからない…
しばらく経っても見つからなかった。


古代の宗教


オーリャと言葉を交わすと、
彼女は人に聞かれたくないかのように
家に引っぱり込んで、
小声でろしい話を始めた。

時々、人がいなくなることがあってね。
(まあ、日本でもある、と思いつつ聞く)

 ー 子供がよく誘拐されるのよ。
 ー え? 何の為に?
 ー 誘拐されて殺されちゃうの。
 ー どういうこと?
 ー 昔からあるの、悪魔みたいの。
   (ここで固有名詞を出したと思う)
 ー なにそれ?
 ー ○○○ (”カルト”だと思う)
 ー (単語が) 分からない…
 ー 宗教みたいなものよ。
 ー ???
 ー 生贄…を必要としてるの。
 ー え、何を?(そんな単語は知らない)

辞書を引く、「生贄」って?・・・絶句。

非常に驚いた。
ここでそんな話は初めて聞いたから。
それはどこか異境の古代の話ではなかったか。

全くの作り話とは思わなかったが
当時100%は信じられなかった。

当時、↑ 新興宗教がいくつも台頭していた。
それと関係があるのかな、
でも、” 昔から ” と言ったよね、
と、頭の中で消化しきれなかった。


警察を!

「それって危険じゃん!!
警察呼んだ方が良いんじゃないの?」
と少しパニック。
オーリャも焦りはじめ、受話器を取る…。

警察はなかなか来なかった。
通りへ出て様子を見ていた。

・・・とその時、坂の下から、
肩車された男の子とお兄さんが
上機嫌で坂を上ってきた。
騒ぎになっていたなんて知る由もない。

「勝手に行っちゃダメじゃないか!」と
車のおじさんに𠮟りつけられていた。

(いなくなった子供は1人だと
早合点したが、2人だったらしい。)

ホッとしたのもつかの間、
急に慌て始めたおじさん「早く車に乗れ」と
家族を急きたてて、エンジンをかけた。
「早く逃げろ」と願った丁度その時、
パトカーが到着した。

警察に事情聴取され、頭を垂れるおじさん…
シカとする我々…
・・・・・


ところで
宗教みたいなものって?


昔からある悪魔的な宗教みたいなもの
って
何だったのだろう、
ちゃんと聞いておけばよかった。
ここの地域の人達は知っているのだと思う。


「春の祭典」

ストラヴィンスキーの「春の祭典」を
ほうふつとさせる。
それは20世紀初頭の、
センセーショナルなバレエとその音楽。

https://www.youtube.com/watch?v=jF1OQkHybEQ

これも、モチーフは生贄だ。
作られた ”お話” だと思っていたが、
そうじゃないかもしれない。
キリスト教以前の古代ロシアの
宗教を基にしているらしい。
ロシアの前身ルーシは、
キエフから始まった。


聖書 も”生贄” に言及

覚えているのは子供の時に読んだ”聖書物語”。
神が(人間の)生贄を禁止した」という内容の一節だった。
人間では酷すぎるので、代わりに生贄は
ヒツジなどの動物にしなさい、という話だ。
子供心に「えっ?それまで人間でしていたの?
と思ったことだ。(動物でもひどいが。)
強烈だったので忘れられなかった。

それがどの時代(旧約聖書なので紀元前)、
どこの事とは書いてなかったので分からない。

もし仮にそれが本当で、
神からの命令があったとしても、
交通事情の悪かった古代で、
それが伝わらなかった地域だって
あっても不思議ではない。
そして時代が変わっても
その習慣だけ残った・・・
(仮説)


現ウクライナで人身売買が盛んとの話が聞かれる。
これは以前から聞いて知っていた。
(ネットを使い始めた以降)

2011年の記事
https://jp.reuters.com/video/watch/id25072037

「この動画は再生できません。」



人身売買とは何ぞや? 
  売春系だと思っていた。
臓器目的というのもあると知り、ぞっとした。
ではなぜ子供も?と思っていたら
もっと恐ろしい事だった。
(知りたい人は探してください)
世界は繋がっている… 物事も。


陰謀論か?

そしてこれは去年から今年にかけて
知った事も混じるけど、
キエフルーシ以前、キリスト教以前、
現ウクライナとロシア国境の周辺、
ヴァイキング達が移住してきた土地、
ハザール * という地域があったそうだ。
(発音は色々ハザル、ハザリア、ホザール、カザールなど)

話をつないでゆくと『 陰・謀・論 』と被ってくる。
どこまで本当か分からない。
最近は”論” でないものが多いと思っている。
いずれもっと調べてみようと思う。

もっとも、イーロン・マスク
「陰謀論のほとんどは本当だった」って
Twitterで言ってたからなぁ…


自分の見解は自分の物

過去の経験や知識と、
新しい情報とで知見が深まり、
知識の点が 増えてくる。

バラバラだった点と点と点が線で繋って、
点が多くなるほど立体的に見えてくる。
頭の中で具体化してハッと気づく。
筋が通る、辻褄が合うのである。

凡人なので、そこまでの時間が掛かり、
気づく頃には人生の後半になっていた。
が、これは独自の見解自分だけの物だ。
誰かの言葉をただ単に ”信じた” 結果ではない。


知識や経験こそ、人の財産だと思う。






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