「自己責任」という地獄。
それ、自分で選んだんでしょ。
なにかと今の日本には、
そんな言葉が飛び交っている。
たまたま、
いい立場にいる。
それだけで、
自分は努力と才能で
のしあがったと勘違いをする。
たまたま、
分が悪い立場にいる。
自分には努力が足りなかった。
才能が足りなかった。
と、自分を責める。
本当にそうだろうか。
立場なんてものは
単なる運というか、
偶然ではないだろうか。
それ、自分で選んだんでしょ。
いつからだろう。
この一言で、
何でも片付けられる
世の中になったのは。
何か困っている人がいても、
原因をより先に、
「本人にも責任がある」という話になる。
自分の選択に責任を持つことは
とても大切だと思う。
でも、
今の世の中で使われる
「自己責任」は、
責任というよりも
「思考停止」の言葉に
なっている気がする。
自己責任という言葉は、
便利だし、
自己責任ということで、
議論を終わらせる力がある。
全部、「本人の努力不足」に
変換できてしまう。
これほど便利な言葉はない。
だからこそ、乱用される。
確かに、
努力が人生を変えることはある。
けれど、
努力が必ず報われるとは限らない。
だって、
自分では選べないものが、
人生には驚くほど多いから。
なのに、
苦しんでいる人ほど、
自分を責めて苦しんでいる。
自分が悪い。
もっと頑張ればよかった。
自分が弱いからだ。
そこへさらに、
「自己責任だよね」と言われる。
それは追い打ちだ。
誰だって、転ぶ日がある。
人生は、実力だけでは決まらない。
どうにもならない出来事もある。
昨日まで元気だった人が
病気になる。
信じていた人に裏切られる。
そういう出来事は、
努力とは関係なく起きる。
そのときに
「自己責任だから」と言われたら、
人はどこへ行けばいいのだろう。
本当に必要なのは、
「責任」より「余白」ではないか。
社会は、
責任を求めることには熱心だ。
でも、
やり直せる余白を作ることには、
あまり熱心じゃない。
失敗した人。
辞めた人。
病気になった人。
挑戦してうまくいかなかった人。
そんな人たちが、
もう一度立ち上がれる仕組みは
十分だろうか。
失敗を許さない世の中だから、
自己責任と失敗した人を
非難するのではないか。
失敗を責めることより、
失敗しても戻ってこられる場所を作ること
その方が、ずっと健全な社会だと思う。
「自己責任」という言葉は、
もっと慎重に使うべき言葉だ。
人は一人で生きているようで、
実際はたくさんの偶然や、
誰かの支えの上で生きている。
今日の自分は、
努力だけでここにいるわけじゃない。
自分は努力をしたからって、
人を非難してもいい訳じゃないから。
自己責任じゃない、
自己決定しただけだ。
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