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タイムマシンを一度だけ使えるなら
未来のことを考えると想像は無限大だ。
どんな社会になっているのだろう。
AIと人間が共存できているのかな。
日本の国力はどこまで低下しているのかな。
あの会社はまだ存在しているのだろうか。
問いがおさまることはない。
もしタイムマシンを一度だけ使えるのなら、100年後の世界を見てみたい気がする。
立ちはだかる高層ビルの間で、近所の商店街や公園は残っているのだろうか。
空飛ぶ車があちこちあって、電車はもう走っていないのではないか。
AIがすでに社会の中心にいて、会社でも上司が、いや経営者までがAIになって、人を使っているかもしれない。
でも、そんな未来を知ってから現在に戻るのはなんだか切ない。明るい未来が見えていればそれでいいのだけど、もし悲惨な光景をみてしまったら、立ち直る自信がない。
逆に過去に目を向けてみる。
歴史上の人物だと、古代まで遡って卑弥呼や聖徳太子の姿を眺めるのも楽しそうだ。
でも、それって好奇心以外の何物でもない。
そう考えると、若くして結核で亡くなった祖母に会ってみたい。
幼い子どもたちを残してこの世を去るのは、さぞかし無念だったに違いない。
当時は国全体がまだ貧しく、食料不足の中、人々が必死に生きていた時代だ。
それでも、幸せな瞬間はあったのだろうか。祖母のことを思うと、いろいろな想いが巡ってくる。
彼女が懸命に生きてきた時間の先に、今の私がいるのだとしたら、今という時間をもう少しだけ力強く生きていける気がする。
もしタイムマシンを一度だけ使えるなら…
私は迷わず、100年前に向かうだろう。
そこに、今へと続く時間がある気がするから。
