年齢はただの数字?―日本社会で“歳を重ねる”ということ
ここ数年、私は怒りを感じている。
年を重ねるたびに、生きづらいと感じていた。
特に日本にいると、女性の中高年に対し、あたりがキツイ気がする(私の思いこみ?)
何なんだろう、この年相応にみられなくてはいけないような感覚?いわゆる”オバサンらしく”振る舞わなくてはならない圧のようなものを感じる
(うーん、表現が難しいけど、年齢に逆らって若さアピールをしている人を肯定しているわけではない)。
職場でもそうだし、ネットのコメントを見ても、社会全体でそういう風潮だ。
もちろん、自分が”オバサン”であるということは十二分に承知している。芸能人ではあるまいし、不自然に若作りするつもりもない。
そしてこの”オバサン問題”は日本だけに限った話ではない。
私の好きなアメリカのドラマ『デスパレートな妻たち』(Desperate Housewives)で、元モデルとしての美貌を誇る主人公の一人ギャビーが次のように嘆く場面がある。
Women only have five seconds to be young and beautiful, and then it's gone.
And then before you know it, we're old and fat…
(女性が若くて美しいのはほんの一瞬、気づけばこの通り太ったおばさんになっている)
つまり、若さへの憧れというのは万国共通のもので、永遠のテーマだ。
確かに若さは一瞬だし、特権でもある。
私も、年齢差別だ!と声高にエイジズムを叫ぶつもりは毛頭ない。
ただ、ここで言いたいのは、子孫を残すといった生物学的な話はさておき、なぜ日本人(アジア圏特有かな)は事細かな年齢を気にするのだろう、ましてや中年同士で、ということだ。
職場でのランチの時も「誰誰さんが何歳で、誰誰より1歳年上」という話題が会話を占めた。
バカバカしいと思うのは私だけ?
実は最近、転職活動を開始した。そこそこ名の通った日系の某オンラインメディアに応募。エッセイを提出した後、4度の面接を通過し、最終面接での場面。
女性の面接官が「私とあなたは同じ年なんですよ。ここでの最年長は〇〇さんで…私たちより1歳上です」という展開となった。アメリカでは年齢に関する発言は雇用差別ととらえられ、こうした発言はまずありえない。
そういえば今の職場でも、社員の年齢は誰もがシステム上見られるようになっている。
ダイバーシティを推進していても、日本だとこうなるのかな。
Age is just a number.(年齢はただの数字にすぎない)と信じている私にとって、この年齢問題は深刻だ。
誰もが平等に年を取るという現実をずっと前から意識していた私は20代の時から若さという”特権”をアピールしたことはない。
年を重ねて得たもの、失ったものは当然あるし、年齢を否定したら自分の過去まで否定することになってしまうので、それはやめよう。
ただ、その数字が話題の中心というのは、なんだかものすごく小さな世界で生きているように感じる。
それが今の生きづらさにもつながっているのかもしれない。
皆さんはどう思われるだろうか。
